4.一体誰に言っているんだろう?

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3.あなたが問題を感じる根本原因はどこにあるのか?

※これ以降記事ではあなたの映画に出ている主人公をあなたと呼ぶ。区別できるなら、登場人物もしくは思考がこの記事を読んで学んでいるんだな、そういうシーンなんだなという態度でいてみるといい。

誰でもいいので、大嫌いな人を思い浮かべてもらいたい。
過去に嫌だった人でも、現在進行系で嫌いな人でも構わない。
身近な人でも有名人でもなんでもいい。

思い浮かべてみただろうか?

それでは、その人の顔を思い浮かべながら、思いっきり罵声を浴びせてみてほしい。大丈夫。誰も聞いてないから言葉を選ぶ必要はない。普段溜まっている鬱憤を吐き出してみてほしい。

やってみただろうか?

さて、この質問に正直に答えてもらいたい。

あなたが吐き出した鬱憤、暴言を聞いたのは一体誰だろう?

あなたは誰かに言ったように思っているかもしれないが、それを聞いたのはあなたではないだろうか?

はじめの記事にも書いたが、この世界にはあなたしかいない。すべての人があなたの表現だ。

ということは、あなたが誰かに何かを言ったつもりでも、結局は自分自身に言っているということになる。

あるあなたの表現があるあなたの表現を気に入らないということだ。全部元は本来のあなただ。この世界はスクリーンにあなた自身を映し出したものだ。だから、見るもの聞こえるもの、感じるものすべてあなたの表現だ。

あなたが嫌いだと思っている人もあなたの表現だ。そしてその嫌いな人はあなたが映し出している。ということは、あなたがその嫌いだと判断できる面を持っているということになる。あなたはすべてだからだ。

では、嫌いな人に対してどうすればいいだろう?嫌いでもあなたの表現なんだから好きになればいいんだろうか?しかし、それではその人が嫌いだと言っている方のあなたの表現を否定することになる。

嫌いなら嫌いで構わない。厳密には、何かを嫌いだという人格もそのままで構わない。また、嫌いだと言われている人物もあなたの表現なんだからそのままで構わない。どちらも認めるということだ。どちらも否定しない。何もしない。

否定したものはあなたにやってくる。なぜなら、それはあなたの一部なのに存在を否定されたから「認めてほしい」という気持ちでやってくるのだ。あなたが認めて受け入れるまでやってくる。

あなたもこんな経験がないだろうか?
人間関係がいやで職場を変えたのに、また同じような人間関係で悩むことになったこと。騒音が嫌で引っ越ししたのに、引越し先でもまた騒音問題に悩まされることになったこと。ダメ男が嫌で別れたのに、次に付き合う男もダメ男だったり。

これは、あなたが問題の原因をあなた以外にあると勘違いしているから起こることだ。あなたが「これも自分の表現なんだな。」「自分にもこういうところがあるんだな」と認めていけば終わる。

認めるのは無条件にだ。「〜の条件を満たしたら認める」のではなく、ただその存在を認めることだ。無条件に認めることは愛することだ。

世界=自分なので、何かを無条件に認めることは自分を愛することだ。

あなたが誰かに気に入らないところを見つけるとき、それはあなた自身がもっているのにも関わらず否定してしまったところだ。

あなたがわがままな人を嫌いだとしよう。わがままな人を見たらイライラする。わがままなやつは許せないと感じる。しかし、実際はあなたもわがままな面を持っているのに、それをあなたが否定してしまったのだ。あなたが否定したのに、他人がその否定した面を見せるからイライラして嫌いになる。

あなたは子どものわがままを許さないだろう。それは、あなた自身のわがままをあなたが許していないからだ。あなたがあなたにわがままを許しているなら、どうして他人がわがままに振る舞うことを許せないだろうか?

わがままな人は嫌いのままで構わない。しかし、「私にもわがままなところがあるんだろうな。」という視点を持ってみるといい。そうしているうちに、あなたは誰よりもわがままになっているかもしれない。

さて、あなたが嫌いだと思っているところ、あなたが他人に対してイライラするところは実はあなたも同じところがあるということがわかった。あなたが見ているのはあなただからだ。

これがわかると、人間関係に魔法が起きる。あなたが今まで嫌だと思ってきた人間関係がコメディのようになり、面白くてたまらなくなるかもしれない。具体的にどうなるのかは次の記事で紹介する。

5.あなたへの批判をマホカンタで跳ね返す方法

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