14.お金を得るために何かする必要があるという勘違い

お金を得るためには働く必要がある。働かなくても、何かして価値を誰かに提供する必要がある。というのは、世間一般では当たり前で疑う余地もないように思える。

しかし、本当にそうだろうか?

あなたは生まれてから今までにいろんな場面でお金をもらってきただろう。そのすべてで、あなたはあなたにお金をくれた人に対して何かしてお金をもらったのだろうか?間違いなくそうだろうか?

逆に、あなたが誰かにお金を渡す時、100%あなたに何かして何かの価値を提供しなければお金を渡さないのだろうか?

少し考えてみて欲しい。どうだろう。

あなたも子どもの頃に「お小遣い」や「お年玉」をもらったことがあるだろう。それは、あなたが何かをして得たお金だろうか?そんなことはない。お小遣いやお年玉は、そこにいるだけでもらえたお金だ。

ということは、あなたが何かをして誰かに何かの価値を提供しなくても、お金をもらうことができるということだ。

もしかしたらあなたはこう思うかもしれない。「子どもだからもらえるんだ。」「大人になると違うんだ。」

では、なぜ、子供は何もせずにお小遣いやお年玉という形でお金をもらえて、大人になるともらえなくなるのだろう?

それは、あなたを含めて多くの大人が「何かを得るためには何かをする必要がある」ということを固く信じているからではないだろうか?あなたはあなたが信じたことを経験する。子供の時はそんなことを信じていないから、ただそこにいるだけでお金をもらえた。しかし、お金や何かを得るためには何かをする必要があるということを信じるようになってからはもらえなくなった。

大人になっても、何もせずにお金をもらっている人はいないだろうか?そこにいるだけでお金をもらっている人は全くいないだろうか?そんなことない。そういう人もいる。ということは「大人になったら何もせずにお金をもらうことなんてできない」という考えは真実だろうか?真実かどうかはどうでもいいが、あなたが望んでいる経験だろうか?

お金に限ったことではない。あなたが赤ん坊の時、あなたは何かを得るために何かする必要があっただろうか?親と取引して母乳やミルクを手に入れていたのだろうか?ただ「欲しい」という意思表示をするだけでよかったはずだ。今はどうして違ってしまったのだろう?

「ない」と思うから手に入れようと思う

あなたが見ているものは、全てあなた自身の虚像であり、あなたの表現だ。ということは、お金もあなた自身の虚像、表現の一つだ。さて、あなたは持っていないものを映し出すことができるだろうか?あなたは持っていないものを表現できるだろうか?

あなたは預金残高や財布に入っているお金が、あなたが持っている全財産だ思っている。それは、あなたがあなた自身を制限だらけの何もできないちっぽけなキャラクターだと思っているからだ。そう錯覚することで、印刷されている数字が自分の持っているお金でありい、その範囲内のことしかできないと思い込む。

キャラクターは、通帳の数字を、財布の中身を見て「お金がこれだけしかない。これだけのことしかできない。」「あれを手に入れるためにはもっとお金を手に入れる必要がある。」と考える。お金が「ない」から手に入れようとする。

しかし、あなたは名前が付いた身体なのだろうか?それとも、あなたの人生という映画の製作者だろうか?あなたの人生の製作者ということは、この世界の製作者ということだ。その製作者ができることが、預金残高に印刷されている数字の範囲内なんてことがあるだろうか?

あなたは「すべて」だ。あなたが持っているものしか見ないし認識できない。持っていないものなんてない。あなたは持っているものを手に入れようとするだろうか?あなたは今スマホを持っているだろう。そのスマホを手に入れようとするだろうか?あなたがすでに持っているスマホを手に入れようとするためにはどうすればいいだろう?一度自分のものではないことにして、もう一度手に入れる手順を踏まなければいけない。例えば、どこかで売って、もう一度買い戻すというようなことをする必要がある。すでに持っているものなのに、そんな面倒臭いことをしたいだろうか?

あなたがすでに持っているものを「ない」と認定をして、手に入れようとするということは、こういうことだ。そんなことをしている人がいたら「あの人、頭おかしいんじゃない?」と思うだろう。

「ない」「持っていない」という認識が誤りだったのだ。

お金があるから何かできるという勘違い

あなたは「お金があれば何かを買うことができる」と思っているだろう。しかし、これは逆だ。実際は「何かを買うからそれに必要なお金が手に入る」だ。

お金ありきではない。あなたが何を欲しいかだ。
あなたが服が欲しいとする。すると、何らかの形で服を買うかめに必要なお金が手に入る。もしくは、誰かにプレゼントされるかする。

あなたが欲しいものがある。あなたは「これを手に入れる」と決める。そうすれば、必要なお金は手に入るし、お金が必要なければ何らかの形で手に入るし、手持ちのお金で買えるなら買えばいい。

お金は何かを手に入れるための手段にしか過ぎない。あなたが意識をするのは、手に入れたいものだ。そのための手段は考える必要はない。どんな形で手に入ってもいいだろう。自分で買わなければいけないルールなんてない。

これは、あなたがアマゾンで買い物をするときに似ている。あなたはアマゾンで欲しいものを買う。あとは、届くのを待つだけだ。ヤマトがどんなルートや方法でそれを運ぶかなど、どうでもいいだろう。

しかし、ほとんどの人は手段でしかないお金にフォーカスする。そして、どうすればお金を手に入れられるだろうかということばかり考えている。これは、ヤマトにどんなルートと手段で荷物を運ばせようかと考えているのと同じだ。何が欲しいのかも決めずにルートのことばかり考えている人もいる。

あなたは、何もかも「持っていない」と錯覚している。持っていないから手に入れる必要があると考える。何かを手に入れるためにはお金が必要だと信じている。そうして、何かを手に入れるためにはお金が必要な世界を作り、お金を手に入れること、守ることばかり考えている。

しかし、実際は違う。持っていないのは錯覚だ。全てがあなただ。あなたはすでに全てを得ている。あなたは選ぶだけでいい。「この経験をしたい」それだけだ。あとは、それが実現するまでのタイムラグを楽しみ、実現した時の経験を楽しめばいい。

もちろん、あなたがあなた自身を一人のキャラクターだと信じ、何もかも持っていないことにし、いろんなものを獲得していくゲームをしたいならそれでもいい。「いい」も「悪い」もない。ただ、あなたがどんな経験をしたいか。それだけだ。

あなたはどんな経験をしたいだろうか?

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