考えるべきでない3つのこと

考えるべきでない3つのこと

私は今、考えないことが自分の人生にできる最善のことの一つじゃないかという結論に達しました。なぜって、考えないと気が楽ですし、考えてない時は何の問題も見つからないからです。

しかし、世間一般的にはありとあらゆることを考えましょうと教わります。考えて考えて、自分の人生に現れた問題を解決していきましょうと。しかしそもそも、考えることが問題を見つけてくるというのに、、、マッチポンプですよマッチポンプ。

さて、これらのことを考えなければ、とても人生が楽になる3つのことを挙げました。以下の3つです。

  1. 人の気持ち
  2. 先のこと
  3. 原因

一つずつ私の考えをお話しします。先にお話ししておくと、どれにも共通してることは「わからないことは考えない」ということです。

人の気持ちなど考えるべきではない

なぜか?わからないからです!
でも、私たちは小さい頃からこう教わりますね。「人の気持ちを考えましょう。」「相手の立場になって考えましょう。」と。
私も散々聞かされてきました。親から嫌という程聞かされました。「相手の立場になって考えてみろ!」

無理です。できません。

相手の立場だったらどうだろう?と想像することはできます。でも、想像した通りかどうかはわかりません。運良く当たってればいいかもしれませんが、結局のところ聞いてみるまでわかりませんよね。あくまで想像に過ぎません。

それに、相手の気持ちを思ってしたことが逆効果になったこともあるでしょう?

わからないことを考えていても、いつまでも答えは出ません。答えなんてないんです。それに、相手の気持ちなど無視した言動を取ったとしても、うまくいくケースだってあります。

それはのんのさんが体験談をこちらの記事に書いてくれたので是非読んでみてください。
夫へ暴言を吐きたくなったので吐いてみました。→大丈夫だった

普通、相手の気持ちなんか考えたら暴言を吐くことなんてご法度ですよね。暴言を吐かれて嬉しい人なんて、嬢王様に調教されている豚以外に喜ぶ人はいません。
でも、暴言を吐いた後で夫が優しくなった。これは一体どういうことなんでしょう?

他の記事でも書きましたが、私たちは他人の気持ちや他人の立場を考えるがあまり、自分の気持ちや立場をないがしろにしてしまいがちなのです。その結果、自分には不満やストレス、軋轢が溜まっていき、それでも相手の気持ちを考えて優しくします。でも、自分自身への扱いがそのまま返ってくるので、他人から優しくされることはありません。あっても雀の涙程度です。あなたが自分の気持ちをないがしろにしてまで相手にした分は決して返ってこないでしょう。

人の気持ちなどわかりません。わからないことを考えて思考を働かせると、問題を見つけてきます。思考は問題を見つけるのが仕事だからです。思考が働くとき、分離が生じて「欠けている私」になります。欠けてるものを埋めようとして思考が働きます。

人の気持ちなんてわからないと割り切ってしまった方が楽です。
それよりも、確実にわかるのは自分の気持ちです。自分がしたいかどうか。したくないかどうか。それは確実にわかります。よくわからない人の気持ちよりも、確実にわかる自分の気持ちを採用した方が、あなた自身にとっては間違いなくいいはずです。

もし、あなたがあなたの気持ちを採用して動いたことが、誰かを傷つけたり迷惑をかけたとしましょう。そうなった時に初めて「ごめんね。」と言えばいいと思います。もっとも、「傷つく」も「迷惑」も相手の判断であり相手基準のことなので、それをこっちに押し付けられても「?」って感じですが。

先のことを考えるべきではない

なぜか?わからないからです!

もうね、わからないことは考えないことに限りますよ。未来についても、人の気持ちと同じで想像することはできますが、確実にわかることなどありません。

でも、私たちは小さい時からこう教わります。「先のことを考えて、今できることをしておきましょう。」「後先考えずになんでもやっていたらダメよ。」と言いながら、散々アリとキリギリスの話を聞かされるわけです。

アリとキリギリスの話も話によってはハッピーエンドで、結局キリギリスはありの家に迎え入れられて、バイオリンかなんかを振る舞ったっていう感じらしいです。結局、遊びまわっていても大丈夫だったってことですよね。しかも、自分の得意なバイオリンを弾くことでことなきを得たわけですから、万々歳です。キリギリスマンセーですよ。

人の気持ちと同じように、先のことを考えてした行動が結局失敗だったってこともあるでしょう?ケチって、ケチった分以上の損をしたっていうのは代表的な例ですね。どの本か忘れましたけど、心屋仁之助さんの本にも、行きたいコンサートかなんかのチケットをケチったら、その金額分の罰金かなんか取られたかして損したっていうのありますね。私も似たような経験は死ぬほどありますよ(笑)

ケチるなんていうのは、先のことを考えてすることの代表格ですからね。ケチるのがいけないって言ってるわけじゃないですよ。ケチるとダメになると、またややこしいことになりますからね。ケチる事と、ケチらずに自分のやりたいことをやるのと、どちらを望んでいるのか?ということです。

これも人の気持ちと同じように、先のことを考えるあまり自分の気持ちをないがしろにしてしまうのです。今これが欲しい、これをやりたい。でも、先々でこうなると嫌だからやめておこうとなってしまうのです。先々でそうなるかなんて誰にもわからないのに、、、

先のことなどわかりません。わからないことを考えて思考を働かせると、問題を見つけてきます。思考は問題を見つけるのが仕事だからです。思考が働くとき、分離が生じて「欠けている私」になります。欠けてるものを埋めようとして思考が働きます。

先のことなんてわからないと割り切ってしまった方が楽です。
それよりも、確実にわかるのは今です。今、自分がしたいかどうか。したくないかどうか。今自分が何をしたいのか、したくないのか。今、自分がどうありたいのか。それは確実にわかります。よくわからない先のことよりも、確実にわかる今を採用した方が、あなた自身にとっては間違いなくいいはずです。

それから、あなたの決定が全てです。あなたが「これでいい」とあなたの選択に対して決定していれば、どんな選択をしたとしても「これでいい」ようになっていきます。最善だと思えるようになっていきます。それを身をもって経験されたモンキーさんの記事を読んでみてください。コメント欄をぜひ読んでください。
「難病」って聞いてどう思います?

先のことなんてわかりません。「今」しか存在しません。「今」あなたがどうしたいのか?確実にわかることを採用していってください。そうすれば、考える必要はありません。

なぜそうなったかを考えるべきではない

なぜか?そんなことわかるはずがないからです!

私たちが通常「自分」だと思っているのは、人生という映画の中に登場する登場人物です。映画の中でどんなことが起こるのか、なんでそんなことが起こるのか登場人物に知る由はありませんし、登場人物には何の責任もありません。原因も責任も、映画の中にはないのです。

原因は映画の外にあります。映画の脚本、シナリオ次第です。登場人物はシナリオを作っていませんし、シナリオを変更する権限を持ち合わせていません。ただ、言われた通りにするだけです。

しかし、私たちはこの映画の中に出来事の原因を探そうとします。あれがこうなったから、これが起きたんだということを関連づけようとします。でも、その関連付けは本当に正しいのでしょうか?そして、その原因は一つなのでしょうか?

例えば、あなたが今この文章を読んでいる原因はなんでしょうか?考えられる原因は最低でも二つありますね。私がこの文章を書いたから、それから、あなたがこの文章を見ようとしたから。じゃあ、なぜ私がこの文章を書こうと思ったのでしょう?それにはたくさんの原因があり、あれこれ遡っていったら「私が生まれたから」ということにまでいきます。その先もまだまだ続きます。「私が生まれたのは〜」以降も続けることができ、最終的には「宇宙ができたからだ」になるでしょう。

原因を一つに絞ることなんてできませんし、「これをしたからこうなった」と関連づけることなど不可能です。なので、一番気が楽なのは「ただそうなった。」と受け止めることです。原因などありません。少なくともこの映画の世界に原因はありません。結果枝かありません。全部結果です。原因は別の世界というか領域というかにあります。

それなのに、この結果しかない世界に原因を探そうとしてあれこれ考えるのは不毛です。女の人が自分の身体に自分にないはずのチンコを探すようなものです。見つかってもそれはチンコではなくクリトリスです。

それに、原因探しは自分の間違い探しを誘発します。「私の〜がいけなかったからこうなった。」「私に問題があるからこうなった。」という自分の間違いや誤り、欠けているところを見つけるようになってしまいます。

それこそ、本当にしんどいだけですよ。自分自身に問題探しを始めると、あなたの世界にもたくさんの問題を見つけることになるでしょう。「世界=自分」ですからね。

起こったことの原因などわかるはずがありません。そんなものはないからです。原因探しなどせず、起こったことは起こったことで「OK!」と受け入れましょう。あれこれ考えないことです。いいも悪いもなく、ただ起こったことです。唯一判断するとしたら「完璧だ」でしょう。

以上、3つの考えるべきでないことでした。まぁ、この3つ以外にも、そもそも「考える」ということをやめればいいと思います。考えることを使うとしたら、どうしたいか?どうなりたいか?の目標を定めるときくらいですかね。

思考は問題を見つけるのは得意ですが、問題を解決するのには向いていません。アインシュタインの言葉で、『いかなる問題も、それをつくりだした同じ意識によって解決することはできません』という言葉がありますが、その通りです。問題を作り出しているのは「思考」です。なので、「思考」には問題を解決する能力はないということです。

考えても無駄です。やりたいことやりましょう。

Comments on This Post
なのめ

素晴らしい記事をありがとうございます。

2019年3月22日
中川優也

ありがとうございます。なのめさんの投稿も楽しみにしてます。

2019年3月23日
Let us know your thoughts about this topic

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です