4.お金自体には何の価値もない

お金には何の価値もない。それ自体では何もできない。メモを取るなら1万円札よりもメモ帳の方が優れている。お尻を吹くならトイレットペーパーの方が優れている。1万円札でお尻を拭いたりしたら、アナルが切れてしまいそうだ。

お金に価値があると錯覚するようになってしまうのはどうしてだろう?

その昔、他の人が持っている何かを手に入れるためには物々交換する必要があった。お互いの望みが合えば、あなたは欲しいものを手に入れることができるが、そうでなければ手に入れることができない。

例えば、あなたが大根を欲しがっているとする。あなたは大根を手に入れるために魚を釣ってきた。大根を持っている人に魚と交換して欲しいと申し出た。この時、魚と交換してもいいと言われれば大根を手に入れることができるが、魚はいらないと言われてしまえば大根を手に入れることができない。

あらかじめ何であれば大根と交換してもいいか聞いてみるという手段もあるが、あなたができないことである可能性もある。大根を持っている人が欲しがっているものを持っている人を見つけて、その人と魚を交換するという手段もあるがめんどくさいだろう。

欲しいものをいつでも手に入れられるわけではない、ものを持ち運びするのがめんどくさいという問題を解消するためにお金というものが生まれた。

みんなが「お金を交換の手段とする」ことに同意していることが、お金に価値があるように錯覚してしまう原因だ。

しかし、繰り返すがお金自体には何の価値もない。そのもの自体の価値はメモ帳やトイレットペーパーの方が上だ。

物々交換をしていると、あなたが何かを手に入れるたび同等の価値を失う。大根を手に入れたければ魚を失う。しかし、何の価値もないお金を差し出せばあなたは価値あるものを手に入れることができる。

ケツを拭けない紙を差し出して、ケツの拭ける紙を手に入れることができる。そのほかのすべてのお金を差し出すタイミングでもそうだ。何の価値もないものと引き換えにあなたは価値のあるものを手に入れることができる。

ということは、あなたはお金を払うたびに価値を手に入れ、増やし、豊かになっているのではないだろうか?

使っていないお金には何の価値もない

預金残高や財布の中身が少なくなったのではなく、価値のないものを差し出して価値あるものを手に入れたのである。使うほどあなたは価値を手に入れている、増やしている。

使っていないお金がいくらあっても、それは何の価値もない。何かと交換できる可能性を持っているだけだ。まだ何も手に入れていないし、豊かになったわけでも価値のある人間になったわけでもない。

使わなければ何の価値もない。使って初めて価値のあるものを手に入れることができ、あなたはその価値を感じて喜ぶし、受け取った相手も価値を提供できたことに喜ぶことができる。

たまに預金残高のことを自慢する人がいたり、「3年で1,000万円貯める方法」などを紹介している人もいるが、そういう人はゴミを溜めているだけだ。喜びのバトンを渡すたびに、自分も相手も喜ばせることができるのに、それをせき止めてしまっている。これを世間では「素晴らしいこと」としているから信じられない。

溜め込んでいる人は、これだけ貯めればこんなことができる、あんなことができるという可能性を感じているだけで、実際には何もしていない。妄想に取り憑かれてしまっているだけだ。

お金は血液みたいなものだ。巡れば巡るほど良くなる。無駄に溜め込んでいるのは、血液が循環しなくなっているのと同じだ。自分にも世間にもよろしくない。それでいくらお金を持っていたとしても、偽物のお金持ちにしかならない。そして、最終的には自分の首を絞めることになる。なぜなら、世界とはあなたのことだからだ。これについて詳しくは後述する。

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