【子育てについて8】いい親になる必要もない

初めから読む場合はこちら

いい親になる必要はない

世間一般的には、いい父親やいい母親像というものがあります。怒らない、体罰しない、子供の気持ちを考える、子供のやりたいようにさせてあげる。そのほかにもたくさんあるかもしれません。
あなたもこういういい親を目指して、あれこれ人の話を聞いたり、育児書を読んだりネットで調べてみたりしたかもしれません。

しかし、いい親になれば、いい親とされる言動をしていれば、子供がいい子に育つ、子供が幸せになるというのも、結局は「〜したら〜になる」という恐れが元になっている考えです。とどのつまりは取引です。

頑張って努力して、あなたが自分を殺して教科書通りに生きて、それであなたの子供が幸せな姿を見られるのなら、もしかしたらその努力も報われるのかもしれません。しかし、残酷ですが全ての努力が報われるわけではありません。もしかしたら、その努力は水の泡と消えるかもしれません。その時あなたはどう思いますか?「この子のためを思ってしてきたことだから」と思うことができますか?それとも、「私が一生懸命してきたことは一体なんだったんだ!」と思いますか?あなたがどんな人間かはわかりませんが、私は、あなたもそんな状況になったらきっと後者の反応をすると思います。

1ヶ月や2ヶ月であればいいと思います。しかし、いい親を演じる期間は長いです。子供が大人になるまでの十数年間、それ以降も子供との関わりが続くならそれ以上です。あなたは自分の本音押し殺して、自分のやりたいことや欲しいものを我慢して生きてきました。そうやって育てた子供が引きこもりでニートをしていたり、犯罪者になったり、そこまでいかなくてもあなたが期待していたような結果が出なかったりしたら、、、

あなたの人生は何だったんだろうと、きっと思うはずです。

私はずっといい人、優しい人を演じてきました。私が小さい頃、私はとても自分に正直に生きていました。やりたいことはやりたいし、やりたくないことはやりたくない。人の気持ちではなく自分の気持ちを優先して生きていました。こんな出来事がありました。

ある日、私が何をしたかはわかりませんが、私の言動が母親の気に食わなかったらしく、夜に家から放り出されました。その時、弟は私が放り出されたことがかわいそうだ思ったらしく、涙ながらに母親に「かわいそうだから家に入れてあげて」と懇願したそうです。そのおかげで、私はわずかな時間で家に戻ることができました。

それから数日後、今度は弟が夜に外に放り出されることが起きました。しかし、私はその時スーパーファミコンを買ったばかりで、スーパーマリオに夢中でした。そのため、弟が外に放り出されていることよりも、ゲームがしたかったのです。それを見た母親が「お前は薄情者だ。自分が外に放り出された時に弟がしてくれたことを忘れたんか!」と私を怒鳴りつけました。それでも私は「それは弟がしたくてしたことだろう。そんなことは知らん。」と思っていました。

その後、母親は私が世間一般的に見れば冷たいと思える言動をする度に「お前は冷たい。名前負けしている。」と散々言うようになりました。私の名前は「優也」で名前の由来は「優しい子に育つように」というものだったようです。それから、私の奥深くに優しくなければいけないという考えが育っていきました。優しくしないと嫌われる、怒られるという恐れを元に思考し、行動するようになりました。

それ以来、ずっと人に優しく接するようになりました。もうそれが板についていました。しかし、ここ最近優しくするのが苦しくなってきました。優しくしてもその分返ってくるわけではないという経験をたくさんすることになったからです。

一番ショックだったのは、クライアントから訴えられたことでした。
あるクライアントがマイホーム購入したいと相談を依頼してきました。私はその依頼を受け、直接会って相談を受けました。話を聞いていると、そのクライアントも小さい頃からお金で苦労をしていたので、とてもお金に対して不安を感じているということがわかりました。同じ経験をしているので、私なりに親身に相談に乗ったつもりでした。こうするといいですよ、この本を読んでみてください。私も同じ経験をしているので気持ちはよくわかります。その不安から抜け出しましょうと励ましました。

でも、返ってきたのは「マイホームを買うのをやめるからお金を返して欲しい。」という身勝手な理由での返金要求でした。相談を申し込む際に返金はしない旨書いてあるので、それを伝えて断ると、弁護士を立てて裁判まで起こしてきました。
その裁判では、私がアドバイスしたことなど何もなかったかのように言われ「よくこんな嘘が平気でつけるな。」と感じました。

それからも、良かれと思って優しくしたのに、冷たい言動で返ってくることが続きました。

そんな中で気づきました。私は自分に優しくなかったと。自分がしたくないこと、嫌なことでも相手が喜ぶなら、相手のためになるならという無理をしていたことが多々ありました。それがひたすら続き、「もうできない!」となって投げ出しました。

優しくすることを、愛されることの条件にしていたようです。優しくない私は母親から認められることも愛されることもありませんでした。そのため、愛されるために優しくしていたのです。しかし、実際それは関係ありませんでした。優しくしても愛されるわけではなかったのです。優しくしたのにしっぺ返しを喰らう数々の経験は、本当に辛いものでした。胸を何度もえぐられるような経験でした。しかし、私の「優しくしないと愛されない」という恐れを元にした思考パターンを捨てるために役立ってくれたことは間違いありません。

あなた自身への扱いがそのまま返ってきます。私は、私に優しくなかったのでそれが返ってきていました。誰よりも、あなた自身に優しくなってください。あなたがしたいことをし、言いたいことを言い、やりたくないことはやらないでください。あなた自身を押し殺してまでしなければいけないことなど、何もありません。誰に嫌われても大丈夫です。あなた自身を嫌いにならないでください。クソ野郎でも、ダメな親でも大丈夫です。あなたがしたいようにしてください。あなたの言動と、子どもの幸せは無関係です。あなたが「私の子どもは幸せだ。」と決定すれば、何がどうなってもそうなります。あなたが「私は幸せだ」と決定すれば、何がどうなってもそうなります。そして、あなたの幸せの中にあなたの子供の幸せも含まれているのであれば、そうなっていきます。

何をやってもいい。どちらを選んでも正解です。あなたがやりたいようにやってください。何かをしてあげたいならしてあげてください。でも、何か返ってくるとは思わずにやってください。何も返ってこなくていいと思える行動だけやってください。純粋にやりたい、してあげたいと思う行動をしてください。気楽に選んでください。怖いことは起きませんから。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。