揺るがない存在価値を身につけて不安から卒業する2つの方法

手に入れるというと、今持っていない状態から何かして手に入れるという印象を抱くかもしれませんが、そうではありません。それに気づくということです。

あなたは今、色んな事に不安を感じていると思います。仕事がうまくいかなくなること、稼げなくなること、お金が無くなってしまうこと、欲しい物が手に入らないかもしれないこと、認められないこと、愛されなくなること、否定されること、何かを失うことなどなど。

そして、その不安を解消するためにあれこれ努力をしていますよね。

仕事がうまくいかなくなることが不安なら、たくさん仕事をする、上手な仕事の方法を身につける、セミナーに参加する、新しい技術を身につける、資格を身につける、集客法を学び実践する、誰かに依頼するなどなど、、、

お金が無くなってしまうことが不安なら、収入を増やすために上に書いたようなことをする、節約をする、資金計画を立てる、資金繰りに奔走するなどなど。

不安な気持ちがあれば、その不安になる原因を特定してその原因を解消して不安な気持ちを安心するようにしようとします。

これが、今まで私たちが取り組んできた不安へのアプローチでした。しかし、この方法で不安は無くなったでしょうか?そうではないはずです。

それでも、その方法で不安にアプローチし続けるでしょうか?不安になれば、その原因を特定して努力して解消し、安心を感じる。安心を感じるのもつかの間、また違う不安が出てきます。またその不安の原因を特定して、、、

そのアプローチも効果が無いわけではありません。一時は不安が無くなって、安心を感じることができます。しかし、上にも書いたとおりやり続ける必要があります。らちがあきませんよね。

あなたが望んでいるものは、不安からの解放のはずです。それには、不安が湧き出る根本原因を知る必要があります。根本が分かり、それに対処できれば1回で済みます。

不安の根本原因とは?

不安の根本原因はなんだと思いますか?質問を変えると、安心できなくなるのはなぜでしょう?

私の知る限り、不安そうな赤ちゃんというのはいません。赤ちゃんは安心しきっています。空腹を感じたり、オシッコして気持ち悪くなったりして不快な状況になることはありますが、それが満たされることが分かっているので不安になることはありません。

それが時間が経ち、成長することで不安という感情を覚えます。怖れとも言い換えられますね。

どうしてそんなことが起こるのでしょうか?

赤ちゃんの時、あなたはそのままで良かったはずです。あなたは生まれたての赤ちゃんの時から母親に「あれができないとダメだ」とか「あれをするなこれをするな」と怒られたりしなかったはずです。

もしかしたら、あなたが泣きすぎたので怒った母親が「うるさい!」と怒鳴ったことはあるかもしれません。しかし、それが常では無かったでしょう。

それが成長する毎に、母親や父親から「あれをするな」「これをするな」「あれをしろ」「これをしろ」と言われるようになります。そして、それができないと怒られたり、罰を与えられたりします。

例えば、「近所の人の迷惑になるからうるさくするな」ということを言われます。その基準を満たせずにうるさくしてしまうと、怒られるという罰を受けることになります。

その基準は、大きくなる毎に増えていきます。基準を与えてくる人の数も親だけでなく、学校の先生や友人といったようにドンドン増えていきます。

あなたはたくさんの基準を守る必要があると思います。基準を守らないと、怒られる、嫌な目に遭うと思うからです。

その中で「私はここにいるだけではダメなんだ。何かできないと、何かしないとダメなんだ。」という考えが芽生えます。

そのため、あなたはそこにいていいという「存在価値」を証明する必要があると考えます。親やその他の人から与えられた「価値のある人」になるために、その人になろうとします。もしくは、「価値の無い人」にならないために、あれこれ努力します。

成績が優秀なほど価値がある、成績が優秀なほど親から認められる、親が私のことを自慢してくれると思ったあなたは、「成績=自分の価値」と思うようになります。

社会に出た後の成績で一般的なものは「収入」です。そのため、あなたはたくさん稼いで自分の価値を証明しようとします。たくさん稼げるほど、たくさん収入を得られるほど、自分には価値があると思います。

しかし、収入がない、稼げない自分には価値がないと思っているので、稼げなくなることを怖れます。なんせ、稼げない自分には存在価値がない、こんな自分はここにいてはいけない、生きていてはいけないと思っています。

これが不安の根本原因です。あなたは自分の存在価値を失いたくなくて、不安を感じているのです。このままだと自分の存在価値がなくなると思っているから、あなたは不安を感じるのです。

揺るがない存在価値を身につける2つの方法

あなた自身の存在価値を感じなくなってしまうこと、「自分は生きててはいけないんだ」と思ってしまうことが不安の根本原因でした。では、それを解消にはどうすればいいでしょうか?

その1.存在価値を身につけるなら、「存在」に価値を感じる

あなたが得たいのは「存在価値」です。存在というのは、あなたがそこにいることです。つまり、あなたがそこにいることに価値を感じるということです。

これは、あなたが何かできるからとか、あなたが何かを持っているから価値があるというのもではありません。それは存在価値ではなく、あなたができる事の価値、スキルの価値だったり、所有物の価値だったりします。あなたの存在の価値ではありません。

ということは、あなたの存在価値を高めるために、何かできるようになることや、何かを所有することは役に立たないということです。

それに、何かできることがあなたの価値を高めたり、所有することがあなたの価値を高めるなら、それができなくなることが不安の種になりますし、それを失うことが不安の種になります。元の木阿弥です。

つまり、何かできることや何かを所有することではなく、存在価値を高める必要があります。言い換えれば、何もせずに存在価値を高める必要があるということです。

何もせずに存在価値を高めるにはどうすればいいのか?

何もせずにといっておきながら、どうすればいいかというのは矛盾していますが、存在価値を高めるためにすることは何もないということです。

言い換えれば、すでに存在価値が高いと認めてしまうということです。

存在価値を高めるために何かするということを、今まで散々やってきたのです。お金を稼いだり資格を取ったりベンツを買ったり豪邸を買ったりしてきたのです。そうして、自分は価値の高い人間なんだと思えるようになったのです。

そういう、ムダなプロセスをすっ飛ばして、ただ自分は存在価値が高いんだと認めてしまうこと。これが何もせずに存在価値を高める方法です。

自分は価値があるんだ、素晴らしい存在なんだ、ここに存在していていいんだとただ認めてしまうことです。

価値を感じる自分とは、稼いでいるあなたでもなければ、ベンツを持っているあなたでもなければ、企業の社長というあなたでもありません。ただのあなたです。裸の何も持っていないあなたのことを指します。

要は、これまで得たものを全て失った状態のあなたに対して価値を感じることです。

裸のあなたに対してしっかりと存在価値を感じられたなら、何がどうなっても、周りの状況がどうなろうと、他人に何を言われようと「私はここにいて大丈夫。私には価値がある。」と思えるようになります。

誰かに認めてもらうことも意味が無い

誰かに認めてもらうことも意味がありません。それこそ、元々あなたは親の基準を満たして認められようとしてきたから、今、不安になっているのです。

誰かに認められたり、資格をもらったり、称号をもらったりして得られる存在価値も先に書いた存在価値と同じように、誰かに認められなくなること、資格を失うことや役に立たなくなること、称号がなくなることや注目されなくなることで存在価値を失ってしまいます。

存在価値を失うということは、それに対する不安がやってくるということです。それでは絶対的な安心を得ることはできません。

その2.自分に絶対的な存在価値があることを認識する

もう一つ、あなたの存在価値を感じて絶対的な安心感を得る方法です。それは「あなたに絶対的な存在価値があること」をきちんと認識することです。

これは、体験することで身につけることができます。

絶対的な存在価値がある証拠とは、あなたが存在しなければこの宇宙ごと無くなってしまうということです。つまり、あなたの存在がこの宇宙を存在させているということです。

ということは、あなたはこの宇宙と同じかそれ以上の存在価値があるということです。

どういうことか実際に経験してみましょう。これには、「目は目を見ることができない」というかんたんな実験が役立ちます。目は目自身を見ることができるでしょうか?できませんよね。

目が見ているものは何でしょうか?目以外のものですね。目は目自身を見ることができません。つまり、目が認識するものは目以外のものであるということです。

続いて、目を見るためにはどうすればいいでしょうか?鏡やガラスなどに映す必要がありますね。しかし、鏡やガラスに映し出して見た目は虚像であり実像ではありません。

これらのことから、目が見ているものは目以外のものであり、目を見るためには何かに映す必要があるがそうして見た目も虚像であり実像ではないということです。

では、続いて目をあなたに置き換えてみましょう。あなたが認識できるものはあなた以外のものです。この宇宙も世界も、部屋もエアコンもパソコンもスマホもあなた以外のものです。

認識できるものはあなた以外のものですから、あなたの身体もあなたではありません。あなたの思考もあなたではありません。あなたの感情もあなたではありません。

見たり聞いたり触れたり感じたりして認識できるものは全てあなたではありません。では、あなたは一体どこにいるのでしょうあなた自身を見るためには、鏡に映し出す必要があります。あなたはどこに映し出されているのでしょうか?

あなたはこの宇宙に映し出されています。目を閉じたら目の前が真っ暗になりますね。それがスクリーンです。そのスクリーンにあなたが映し出されています。目を開くとそのスクリーンに色が塗られますね。

映画館と同じです。映画館も映画やCMが始まる前は真っ白なスクリーンがあるだけです。映画の上映が始まると、スクリーン上に色が現れて動きます。その色の動きをあなたは見て楽しみます。

あなたは真っ黒なスクリーンにあなた自身を映し出して見ているのです。しかし、映し出されてみているものは虚像であり実像ではありません。つまり、あなたが普段見ている世界、宇宙、今も観ているものは、あなた自身の虚像です。

それをあなたは、これはスマホであれはエアコン、これは机で、あれは誰それで、これは白いズボンでと、色の境界線ごとに名前をつけて分割して認識しているのです。

何の名前もつけず、何のいい、悪いのレッテルも貼らずに目の前の景色を見てみるとき、あなたが見ているのはあなた自身です。あなたが見るもの全てあなたです、あなたが感じるもの全てあなたです。宇宙とはあなたのことだったのです。ということは、あなたがいなくなれば全て存在しなくなるということです。

これ以上の存在価値があるでしょうか?あなたの目に映る他の誰かに見えるような人が何か言ったりしたりできているのは、全てあなたの存在があるからです。あなたは何を見ても「あの人がそれを経験できているのは、自分のおかげだ。」と思うことができます。

一度読んだだけでは理解できないでしょうし、恐らく納得もできないでしょう。もしそうなら、何度も読み返してみてください。そして「目は目を見ることができない」という実験を素直に実践してみてください。そのうち何かに気づけるかもしれません。

それだけで、いくら稼いでも稼いでも身につかなかった、どれだけラグジュアリーなものを手に入れても得られなかった、絶対的な安心、安らぎを手に入れられるなら、読み返して実験を素直にやってみる価値はあると思いませんか?

いきなり存在価値が宇宙よりも大きいと言われても信じられない

話が飛躍しすぎて、いきなりは信じられないでしょうし、受け入れられないかもしれません。もしそうだとしたら、「自分の存在は、自分が成し遂げてきたことの価値よりも大きい」と思ってみることからスタートしてみるといいかもしれません。

「自分の存在価値は、今まで自分が達成してきた○○よりも大きい」「自分の存在価値は、自分が持っているあれこれよりの何倍も大きい」というところからスタートしてみてもいいかもしれません。

それで、少しでもあなたという存在の価値、何も持っていないただ生きているだけのあなたに価値を感じられるようになれば、少しずつ大きくしてみてください。

まとめ:あなたの存在価値はとてつもない

あなたにはとてつもない存在価値があります。今までもありました。しかし、それが見えなくなっていただけです。あなたはあなた自身のことを、あなたが宇宙を経験するために用意した乗り物である「自分」を本当の自分だと勘違いするようになったからです。

しかし、実際は違います。あなたの存在価値はとてつもないのです。あらゆるもの全てが存在できているのはあなたのおかげなのです。あなたがいなくなったら全て消えて無くなります。あなた=宇宙=全てなのです。

もし、あなたが今何かを失ってしまうことにおびえて不安を感じているなら思い出してください。あなたとは一体何なのかと。全てであるあなたが、何かを失うようなことがあるのでしょうか?仮に、何かがあなたの目の前から消えたように見えたとしても、あなた自身の価値は少なくなるでしょうか?

逆に、あなたがお金や物や称号などを得るために躍起になっているとしたら、少し考えてみてください。全てであるあなたが、あなたの目の前に何かものが現れたり、あなたの乗り物に新しい称号を得られたら、あなたの価値は増えるでしょうか?

あなたの価値は何がどうなっても変化しません。変化しないということは安定しているということです。あなたには絶対的な存在価値があり、それはあなたが何を得ようが失おうが変わりはしない。安心してください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。