速く走らないフェラーリが教えてくれたこと

「お、フェラーリのカリフォルニア。」
家の近所で見かけました。

向かいの道路で信号待ちをしています。私が住んでいる徳島県でフェラーリを見かけるのは、名器の女性に当たるくらい珍しいことなのです。

側道で信号待ちをしていた私の側の信号が先に青荷なり、Uターンをします。その後、フェラーリも信号が青になって進みます。私の後にフェラーリがいる格好になりました。

「ガッと飛ばすかな〜。」と思って少し楽しみにしていました。が、フェラーリは飛ばす様子もなくとても安全運転をしていました。国産車に追い越されるくらいです。

私が走っている道路は長い直線で、スピードを出すのが気持ちいい場所です。「速く走らないフェラーリ」不思議に思いましたが、いいことを教わりました。

それは、わざわざ速く走るところを見せつけなくてもフェラーリが速いことなどみんなが知っていることだということです。そんなことをする必要がないので、運転手が走りたいペースで走っていました。

明らかに速いので、速いことを証明する必要がないということです。そうじゃないと、速いだろ?と言わんばかりにスピードを出して速いところを見せる必要があります。

これをフェラーリじゃなくて、私たち自身に当てはめてみましょう。私たち自身が表現したがっているもの、証明したがっているものは「自分の価値」「存在意義」です。自分はこれだけの価値がある。自分はこんなことをやっている。自分はこれだけのものを受け取る価値がある。ということを行動によって証明しようとします。

たとえば、たくさん働いたのだからたくさんお金をもらって当然だというものです。逆から言えば、お金をたくさんもらう価値があることを証明するためにたくさん働くという行動を取っているということです。違う見方をすれば、たくさん働かないと、たくさんお金をもらう価値がないという信念を持っているともとれます。

あなたが信じたことを経験しますから、その信念を持っている限り、たくさんお金を稼ごうとすればたくさん働く必要が出てきます。もちろん、楽しいと思える仕事を長時間やるのであれば問題ありませんが、そうならないことが圧倒的に多いです。特にやらなくてもいいことまで「たくさん働かないと」という気持ちでやってしまうようになります。そうしてくたくたになり、たくさんお金は稼いだものの使う時間がなかったり、体調を崩して病気になったりします。これでは幸せとは言えませんね。

あなたが「フェラーリは速い」のように、どうしていようがとても価値がある存在だと認めてしまえば、わざわざ「私は価値がある」と証明するためにやっていることは必要なくなります。

価値があるものはあなたの行動や成果物ではなく、あなたの存在です。もちろん行動や成果物にも価値はありますが、あなたの存在に比べるとそれらの価値は取るに足らないものです。その行動も成果物もあなたから派生したものですし。

自分には価値がある。そしてそれを証明する必要などないと分かったとき。あなたは私が見たフェラーリの運転手のように、自分がやりたいことを自分のペースでできるようになります。私にはその価値があると自分で認めてあげましょう。誰かに認められる必要はありません。あなた1人が認めれば十分です。

P.S 徳島県にはフェラーリというデリヘルがあります(笑)

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