自由、幸せについての実感

昨日から子供の学校が始まった。特に何もしなかった連休だったが、それはそれでアリだなと思う。

最近、「無条件に」という言葉を頻繁に思い浮かべる。安心するにしても幸せを感じるにしても、今までは何らかの動作などが必要だった。言葉とか、意識の向きだとか。

しかし、これらは無条件ではない。安心するため、幸せを感じるために必要な条件を満たす動作をした時だけ、それを得られるということだ。

その条件がついているなら、その動作をうまくやる必要があり、練習や努力が必要になる。これは私が目指していた状態とは遠い。なんせ、ずっとずっと努力してきたからしんどくなったんだから。

無条件とはいつでも、どこでもということだ。そして、安心を感じるなら安心する、安心を感じると意図する。それだけでいい。幸せを感じたくても同じようにする。おそらく、これが一番条件がついていない状態だろう。

子犬のうち1匹が未熟児で生まれた。自分で母乳を吸うことができず、どんどん痩せて弱ってしまった。これはと思い、普段はしないが最大限手伝った。母犬は洗えてなくて汚くて臭いが、それも気にせずなんとか母乳を飲めたらと思い、率先して手伝った。

その際したことは、安心することだった。得たい結果は未熟児で生まれた子犬が無事に成長することだ。そうして得られるものは「安心、安堵」だ。

であれば、子犬が無事に母乳を飲んで無事成長するという時間を待たなくてもいい。今安心して、安堵すればいい。そうしてみた。したことは「安心する」「安堵する」「ほっとする」と意図しただけだ。子犬が母乳を飲めていない様子を見ても安堵することができた。

本当に、起きている出来事は関係ないんだなと思えた。

子犬は注射器経由でミルクをあげ、今は注射器ではあるが自分で吸ってミルクを飲めるようになった。体重も出生体重くらいにまで戻ってきた。今のところほっとする結果を得られた。

広告担当とのやりとり

工務店から依頼され、工務店が出港する広告の打ち合わせを雑誌社の担当の人としている。マスク越しだからちゃんとはわからないが、あった感じかなり可愛い女の子だ。

まぁでも最近は、数年前まで感じていたような感じはないな。異性に対する欲求がどんどん減っていっているのがわかる。なんでかはわからないが。

それはさておき、広告の見出しとして出された言葉が終わっていたので、指摘した。サンプルで送られてきた写真もありきたりな写真だったので指摘した。

あまり指摘せずに任せたほうがいいかなとも思ったが、言わずにはいられなかったので伝えた。

返事来るのが結構ドキドキしていた。なんでドキドキするのかはわからない。考えても仕方ないし、一番いいことは、自分がドキドキしていると勘違いしないことだ。

自分がドキドキしていると思えば、上に来たように原因を突き止めようとした李、なんとかして止めようとしたりするだろう。そうすることで、そのドキドキに意識が向いて、それが実際に起こっていることだとしてパワーを持ってしまうような気がする。

”関係ない”これは本当に自由を表す言葉だなぁと感じている。そういえば、ロバートも人生で起きる出来事は自分に起こっている出来事ではなく、他人や映画の主人公に起こっていることだって言ってたわ。それもつまり、関係ないって事だろう。

そういえば、ノンカフェインを買ったつもりが普通のカフェイン入りの豆を買っていたらしく、3日くらいおしっこ祭りしてた。ノンカフェインだと思い込んで飲んでもダメだった。カフェインに相当のパワーを与えてるんだろうな。

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