自分の人生は自分で創造するのか?違うのか?

コメントをいただいたので回答しました。

> 最近中川さんのブログを知り、過去からさかのぼって読ませていただいています。
> 私は3年前に離婚したのですが、その時から常に元旦那がちゃんと住宅ローン(私は連帯債務者)を払ってくれるだろうか・・・という心配をしていました。
> そしたら、先月裁判所より通知が(涙)
元旦那が住宅ローンを滞納しているとのこと。
これはやはり私の不安が現実化したんだ・・・と中川さんのブログを読んで思いました。
> 現時点で、私には到底払える金額ではないのでもう自己破産しかないのかな・・・と落胆している日々でした。
そして、今は悩むのにも飽きてきて「なるようになるか!」という状態です(笑)
> これからは自分が望む方へ意識を向けていきます!!

なるほど〜。
住宅ローンをちゃんと払ってくれるかどうか不安な気持ちを抱いていたから、実際に元夫が住宅ローンを滞納してしまって裁判所から通知が来たということですね。

不安を感じていれば不安になるような出来事が起きる。
安心していれば安心できる出来事が。
豊かさを感じていれば豊かになれる。

他にも色々ありますね。
まとめると、「自分の人生は自分で創造する」ということですよね。
私もそう信じてきました。しかし、最近はそうではないんじゃないかとほとんど思っています。

人生は映画、ゲームによく例えられますが、これはまさしく的を射たたとえです。映画であれば、その映画内で起こることはあらかじめ決まっています。あなたが何かの映画を見るとき、その映画はストーリーも全部書かれていて撮影も全部終わっている状態で見ますよね。ただ、あなたにはストーリーがどうなっていくかは見るまでわからないだけです。

ゲームの方も似ています。ゲームではプレイヤーがゲームキャラを自分の意志で動かすことができるので映画とは違い、自由度があるように思えます。しかし、ゲームも同じくゲーム上で起きることは決まっています。仮に、どれだけプレイヤーがポジティブな思考や良い気分を維持していたとしても、モンスターには出会いますし、バラモスやゾーマと闘わなくてよくなったなんてことはあり得ません。

起こることは起こります。起こらないことは起こりません。
起こることは決まっています。

こう聞くとあなたはこう思うでしょう。
「そんな人生つまらない。」私もそう思いました。

でも、あなたが見る映画はどれもつまらないでしょうか?あなたがプレイするゲームはどれもつまらないでしょうか?そんなことはありませんよね。映画もゲームも起こることは全部決まっています。でも、あなたには何が起こるか分かりません。なので、映画もゲームも楽しむことができます。

自分の人生を自分で創造していないなんて最悪だと思うのは、制作に自分が携わっていなければ映画やゲームは面白くないと言っているようなものです。そんなことはありませんよね。

起こることは決まっている。すでに書かれている。
これはとてもいいことです。

なぜなら、「悪い」と判断できるようなことが起きても、それは単にシナリオがそうなっていただけであって、あなたのせいではないのです。あなたがネガティブ思考をしたからでも、不安な気持ちになり続けたせいでもありません。あなたが何か「悪い」と判断される行動を取ったからでもありません。ただ、あなたの人生という映画のシナリオがそうなっていただけのことです。

これであなたは自分のことを責める必要が一切なくなります。あなたが誰かに怒りをぶちまけたとしても、あなたの人生という映画のシナリオがそうなっていただけのことです。そして、あなたに怒られる人は、その人の人生という映画のシナリオの中にあなたに怒られるという場面が書かれていただけです。

逆もまたしかりです。あなたが誰かに怒られたとしても、シナリオがそうなっていただけです。相手を責める必要もありません。

あなたが現状に対して不満を覚えているならこう思われるかもしれません。
「冗談じゃない。私がこんな状況になるのも運命だっていうのか?じゃあ、ずっとこのままだっていうのか?そんなの最悪だ!」

あなたが今の状況になるのは決まっていました。でも、ずっとそのままかどうかは分かりません。なんせ、先のことは一切分かりませんし、知ることはできません。見てみるまで分からないのです。

私が思う、あなたの人生に起こることを変える方法が1つあります。それは、あなたの人生で起こることを全力で経験し尽くすことです。

あなたが映画のシナリオ書く人だとしましょう。あなたが作った映画が公開されました。たくさんの人が「面白い!」と言ってくれます。「面白い!」とは、見ている人の感情が動いているということです。見てもなんの感情も起きなくなったら、誰もその映画をまた見ようとは思わないでしょう。

誰も面白いと言わなくなって、映画を見る人がいなくなったら映画のシナリオを書くあなたはどうしますか?シナリオを変えたり続編を作ったりするでしょう。

これをあなたの人生に当てはめてみましょう。
あなたの人生に続編というのはあり得ないので、もう感情が動かなくなったようなことは起こさなくなるでしょう。そうなると、シナリオが変わります。

たとえば、お金を使ったり無くなったりすることに対して何かしらの感情が起きる。その間は、お金を使ったり無くなったりするような出来事が起こり続けるでしょう。

しかし、もうお金のことに心が動かなくなる、何の感情も出てこなくなる。そうなると、そんなシーンを見ていても面白くありません。なので、シナリオが変わります。

あなたがお金で不安になったり苦労している経験が終わらないなら、それはまだお金の不安や問題というシナリオがあなたの反応をとれるからです。

あなたの人生で起こる出来事を全力で経験してください。思考のフィルターを通して「いい、悪い」などと分別せずに、それを直接経験してください。感じることを避けている限り終わりません。お金のことで感情が動くなら、それを経験し尽くすことです。

起こることが決まっているなら、それを変えようという気持ちも起きません。それも起きることが決まっていることの素晴らしい点です。

起きることが決まっているから、なぜ起きるのかとか、どうすれば変えられるのかなど考えることもなく、ただ経験することができます。わかりもしない先のことを知ろうともしなくなるでしょう。先で何が起こるか全部分かっている映画を見たいと思いますか?

そうしていると、自然と感謝の気持ちがわき上がってくるでしょう。あなたの人生という素晴らしい映画を作り上げているすべてものに自然と感謝できるようになります。

※内容が矛盾していると感じた場合は、新しい日付の記事を採用してください。

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3件のフィードバック

  1. いつも、ありがとうございます。
    本当にいつもわかりやすいです。
    自分の中のあいまいな微妙な部分を一つずつクリアにしてもらってます。
    ありがとうございます。

  2. 中川さん、いつもブログを拝見しています。

    先日紹介されていた、「マネーゲームから脱出する法」を読んでいます。この本を読んで、人生観に変化が起きている気がします。また、より中川さんのブログがしっくりきています。

    自分の意識は無限大であり、フィールドに存在するものすべてが幻像である。ここに縛られている限り、自分を主人公にできない。

    私には今後、独立して、自分のやりたいことがあります。しかし、ずっと不安に縛られてきました。
    うまくいくのだろうか、倒産したらどうしよう、家族に迷惑をかけたらどうしよう、今のままでいれば、一定のサラリーが入るなあ。などなど。

    私の目の前の不安は、幻像であり、自分自身が見せているものだと思えるようになりました。

    やらない後悔よりも、やった後悔を。

    しかし最後の一歩がまだ足りません。自分でかけている呪縛や制限を
    抜け出すためのあと一歩。もう少しのところまで来ている気がします。

    この不安を抜け出せそうな自分と、再びおそいかかってくる不安。この瞬間も楽しみきる、ことが

    大切なのでしょうか?

  3. 初めまして、いつもブログで学ばせて頂いています。

    映画が流れているだけ
    現実を選び変えてください
    言霊を変えてください
    ワクワクにしたがって生きて下さい
    0.5秒先に勝手に行動があって、思考は後づけ。
    人は何もできない

    情報が沢山ありすぎてわからなくなります。
    自分が神なのだからどれを選んでもいいよ➰
    って事なのでしょうか

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