罪を憎まず人を憎まず、罪も人も存在しないから

これ、「何かをしている誰か」はいないから、憎むべき相手もいないってことですね。それから、何かをしたように見える人がいたとしても、その人がしたくてしているわけじゃないってことですね。

”誰か”はいないんですよね。何かを考えて、何かをしている個人というのはいません。いるように思えるだけです。何かをしている人がいるのはストーリー、物語、作り話の中だけです。実際には何かをしている人はいません。

漫画の中でも、いろんな登場人物が現れて、それぞれの登場人物が自由意志を持って考え行動しているように見えますが、そこには誰もいませんし、誰もいないということはそれをしている人もいないということです。

よくよく見てみると、そこにあるのは紙と黒もしくは色がついた点です。線は天の連続なので、あるのは点です。

小説の中でも、いろんな登場人物が現れて、それぞれの登場人物が自由意志を持って考え行動しているように見えますが、そこには誰もいませんし、誰もいないということはそれをしている人もいないということです。

よくよく見てみると、そこにあるのは紙と文字です。その文字が読んだ人の思考とリンクして頭の中に場面として浮かび上がります。

私たちが生きていると思っている世界にあるのは、紙の役割を担っているスクリーン(目を瞑ればそこにある)と素粒子です。素粒子は漫画に置き換えると点の役割を担っています。

私たちが見ているもの聞こえるもの感じているもの、全て素粒子の集合体です。ある程度素粒子がまとまって形づけられたものに対して、私たちは名前をつけます。「これは中川優也だ。」「これは財布だ。」「これはパソコンだ。スマホだ。」「これはちんこだ。」「これはTENGAだ。」というふうにです。これは漫画の中でも小説の中でも同様に行われます。

漫画の中や小説の中でそれらが行われるのは全く問題ではありません。なぜなら、今目の前で起きている出来事は、漫画や小説の中の出来事であり、実際には起こっていないし、自分とは何の関係もないことをわかっているからです。むしろ、「これは紙に書かれた点の集合体にすぎない。」なんて思いながら漫画を読んだとしても面白くなくなるだけです。

しかし、私たちの人生というストーリーではちょっと事情が異なってきます。境界線ごとに名前がつけられるまでは同じです。ここまでは問題ありません。しかし、その名前が真実であると錯覚してしまうと苦悩が始まります。私の例で言えば「私は中川優也と呼ばれる身体であり、それは真実だ。」と錯覚してしまうことです。

自分は人生というストーリーの登場人物だと錯覚してしまうので、起こる出来事に翻弄されます。あらゆる出来事を経験しているのは私だということです。私が見て聞いて感じている、私が考えて動いているという錯覚につながります。お次は、自分以外の人間も彼らの自由意志で動いていると錯覚をします。

だから、誰かに何か都合の悪いことをされたら「あいつが悪い。あいつが私の気分を害した。責任をとって私に償うべきだ。」などと考えます。都合の悪いことの程度が大きければ「あいつは許さない。恨み続けてやる。」というふうになっていきます。

もちろん、そういうストーリーになっていたら、そう考えることしかできないのですが、真実の目線を持っていたら、やってくる思考も違ったものになります。真実の目線というと仰々しいので、漫画見ているの立場でみたらということです。

あなたは「あなたの人生」という漫画を見ている読者です。漫画の中で起こる出来事で、いろんな気持ちを抱いたりしますが、起こる出来事とは一切関係ありません。さらに、そこに実際にいる人などいないこともわかっていますし、登場人物が自由意志を持ってなどいなく、作者が設定した通りの言動しかしていないこともわかっています。また、全ては作者が描いていることだということもわかっています。

あなたが読んでいる漫画の中で、誰かが主人公の身内を殺したとしましょう。殺したのを登場人物Bとしますが、あなたがこの登場人物Bに怒ったり恨んだりしませんよね?「ひどいことするやつだなぁ〜。」という感想を持って、何らかの感情を感じて、それで終わりですよね。

罪も憎まずというよりも、罪も存在しなければ罪人も存在しないことがわかっています。全てはストーリーが描かれていただけに過ぎず、そのストーリーは出来事を通してあなたに何らかの感情を感じてもらい、あなたに楽しんでもらうためのものです。

もしあなたが、誰かのことを恨んでいたり憎んでいたり腹が立っているなら、過去のあなた(の人生の主人公)の言動に後悔したり罪悪感を感じていたり、腹が立ったりしているなら、漫画を読んでいる立場だったらどうなるのか?と問いかけてみましょう。

すぐにパッと意識が切り替わるかどうか、やってくる思考が変化するかどうかはわかりませんが、少しずつ恨んだり腹を立てたりするのが馬鹿馬鹿しくなってくるでしょう。そして、世の中で起きるどんな出来事を見ても「すごいストーリーだなぁ。」と思って、要らぬ考えや感情に振り回されることも無くなります。

P.S 小学校5年生くらいの時、徳島市内にあった今はなきジャスコの本屋さんでパソコンゲームの雑誌を読んでたんですね。その雑誌にはエロゲーのページもあって、それを読みたくてジャスコに行くのが楽しみで仕方なかったです(笑)ムラムラし過ぎて、「今ここでシコッてやろうかな。」と思うほどでした。

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