片付けをする、洗濯物をたたむ不快感から卒業

今日は朝から特にしたいこともなく、ぼーっとしていました。朝8時半ごろ、リビングを見回してみると結構散らかっているのに気づきました。私のものはほとんどなく、私が使ったものはほとんどなく、家族のものや家族が使ったもの、家族が出したゴミばかりです。

それを黙々と片付け始めました。以前から状況は変わっていません。しかし、今日は私の内面での経験が違っていました。

それまでは、初めは何も思わず感じず片付けをしていくのですが、そのうちこんな考えがやってきます。「なんでこいつらが出したもの、使ったものを俺が片付けせんとあかんのじゃ!」という考えです。

その考えがやってくると、怒り、イライラと名前がつく感情に支配され出します。態度には出しませんが、頭の中は彼らに文句を言う思考でいっぱいになります。

しかし、今日はそれがありませんでした。なぜなら、それがなかったからです(笑)究極的には起こらなかったから起こっていないのですが、理由づけするとこうなります。

私の中に「自分で出したものは自分で片付けるべき」という考え、それから「自分に与えられた役割をきちんと果たすべき」という考えがなくなったからです。散らかっていると感じているのも私、それを不快に感じているのも私です。以前なら「あいつらがやるべきことなのに!」と思ってイライラしながらやっていました。しかし、自分が不快に感じているなら選択肢は二つです。自分でやるか、頼むんでやってもらうかです。

今日は自分でやる方を選択しました。散らかったものを片付け、ゴミを捨て、おそらく3日分くらいの洗濯物をたたんで片付けました。その間、イライラや怒りは一切出てきませんでした。

楽しいと感じることはありませんでしたが、最中や終わった後の疲れはいつもよりありませんでした。

同じ状況で同じことをやったのにも関わらず、かたやストレスや怒りを感じながらで、かたや穏やかに出来る。違ったのは私が信じている考えのみです。私が前述した2つの考えを信じなくなったので、ストレスも怒りも出てきませんでした。

「〜であるべき」という考えを信じていると、それにそぐわない状況と遭遇すると苦しみます。他人の言動をコントロールすることはできません。自分の思考もコントロールできません。唯一できることは、現れた考えを信じるかどうかです。

「自分の考えを信じた時だけ苦しむ」素晴らしい言葉です。これを学んだのは「TheWork」という本を読んでです。人生という映画をストレスや苦しみなく生きるために役立つ4つの質問と置き換えという手法を学んで実践できます。

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