浪費家はいけないことなのか?

質問、というかコメントがあったのでお返事しました。

いつも心に刻むつもりでブログを読んでいます。

私は自身を浪費家だと思っています。でも倹約家の主人のお陰か、だいぶ考えて物を買うようになりました。そして、中川さんのお陰で物やサービスの自分にとっての価値を気にするようになりました。

長年使っていた愛用の財布の修理見積りを出してもらったら、購入した額と一緒、6万円でした…。でもその財布はとても気に入っているのでお願いしようと思っています。育休中でお金はないんですが、またどこかから入ってくるかなーと思って。

間違っていますかね…。

価値を気にするようになったというのは実は大きい買い物の時だけの話で、日々の細かい買い物に関しては、やっぱりただの浪費家からは抜け出せていない気がするのです。

電子マネーを愛用しており、日々の細かい支払いは支払いとも思わずにポンポン使っています…。

今回、レシートを見て感謝についてですが、いつも夕飯の細かい材料は保育園の近くにあるショッピングセンターで買うのですが、はっきり言って質があまりよくありません。便利さに負けて買っています。

ですのでレシートを見ても「まぁ…あれは仕方のない買い物だった…」なんて思ってしまいそうです…。

中川さんのブログなどを読んで、感覚を掴みかけてはわからなくなったりともどかしい日々です。

早く心底自由になりたいので頑張って実践すべきことを実践します…。

支離滅裂で長文失礼しました。

浪費家、いいですね。

倹約家のご主人を否定すると倹約する羽目になりますから、一旦は受け入れて「私はそれを選ばない」と選択するといいと思います。

その財布を気に入って使ってて、まだ使いたいと思うなら大丈夫ですよ。6万円かかったとしても、またどこからか補充されるでしょう。働かないと得られないという考え、何かしないと得られないという考えを捨てておいてください。そう思っていると、あなたが何かしないと得られません。

日々の細かい買い物は値段を見ずに買っているということですよね?であれば、それでいいと思いますよ。何か、「浪費家」という言葉に「悪い」というレッテルを貼っているように感じます。

お金は本来使うものですから、欲しいものを買うためにお金を使ってなんら間違いではありません。使わないようなもの、必要ないようなものにお金を使うのは浪費家だと思いますが、そうでないならいいと思います。

便利さに負けてというのも、捉え方ひとつだと思います。質は良くないのかもしれませんが、便利なところに買い物できるところがあってありがたいですよね。そこに意識を向けられるといいと思います。

また、質がいい、悪いも何かとの比較です。それ自体をありのまま見てください。食べ物なので、それ自体を味わうようにしてみてください。きっと美味しいと感じるはずです。

また、質がいいというか、より美味しいと感じるものを買いたいのであれば時間や効率などを気にせず、食べたいと思うものを売っているお店まで行きましょう。

便利が良いお店で買い物をするのも、遠いお店で買い物をするのも「いい」「悪い」という判断をしなければ、一つの経験です。その経験を可能にしてくれたもの、場所、人に感謝ができますよね?

「いい」「悪い」の判断をせず、そして全部自分が作り出してるんだ。これを経験したくて作り出したんだという態度で経験してみてください。そうすれば、どんな態度でひとつ一つの経験をするでしょうか?

仕方なしにという経験がありますか?

楽しい出来事や喜ぶ出来事ももちろんありますが、それは「この出来事は楽しい」「この出来事は喜び」というレッテルを事前に貼っているだけにすぎません。

どんな行動も出来事も、喜びや楽しみを持ってすることができます。楽しむから楽しい。喜ぶから喜ぶという感じですね。

普段の買い物にしても、そうじゃない経験にしても、喜びと楽しみを持ってやってみてはいかがでしょうか?

P.S 私が心に一番刻んで欲しいのは下ネタです(笑)

P.P.S 人生を喜びから生きる方法はこちら

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