母親に20年以上呪われていた中川少年の話

「おまえは名前負けしているわ。」
と私は小さい頃に散々母親に言われてきました。
私の名前は「優也」で、父親が優しい人になるようにという願いを込めてつけたようです。

ところがどっこい、小さい頃の私はけっこう冷酷人間だったんです。
たとえば、こんなことがありました。
私が6歳くらいの時です。何か悪いことをして外に放り出された時に、4歳の弟が弟が泣きながら「兄ちゃんかわいそうやから家に入れてあげて。」と母親に頼んだそうです。

その後、今度は弟が何か悪いことをして外に放り出されることがありました。その時私はスーパーファミコンのマリオをするのに忙しくて弟のことなんか放置プレイです。そこで母親に「おまえが外に放り出された時にあいつはかばってくれたのに、おまえはなにもしてやらんのか!」と怒られたことを覚えています。

その時に私の口から出た言葉は「そんなん、あいつがいらんことするからだろ?」という言葉です。

そんなことを言うからさらに怒られたわけです。それからことあるごとに「おまえは名前負けしているわ。もっと優しくなれ。人の気持ちを考えろ。」といわれ続けてきました。

負けず嫌いだった私は「名前負けしている。」という言葉が気に入らなかったので、優しくなろうと努めました。その時は母親の言葉に何の疑いもありませんでした。

そのおかげもあって、確かにいろんな人から優しいと言われるようになり、名前負けしているといわれることも無くなりました。今では母親は「名前通りの優しい人間になったわ。」と自慢げに奥さんに話をしているぐらいです。

が、最近になって気づいたことがあります。

「これは本当の自分なのか?」ということです。

優しいこと(を振る舞うこと)で人から嫌われることはあまりありません。しかし、私が本当にしたいことや思っていることは言いづらくなっています。相手の立場を必要以上に考えてしまい、「こんなこと言うのは迷惑じゃ無いのか?」と考えてしまって言えないのです。

「言葉を出す前に相手がどう思うか一旦考えてからしゃべれ」と口酸っぱく言われてきたのもあり、思ったことを素直にそのまま言えなくもなりました。

少しずつ、自分の思ったことをそのまま言うようにしていますが、先日も奥さんにやってもらいたいこと(簡単なこと)を伝えようとしたときに、言おう言おうとするのに言えない、声が出てこないということを経験しました。

親に嫌われたくない、認められたいという気持ちから親の期待に応えよう、期待通りの人間になろうとした結果、純粋な自分じゃ無くなってしまったような気がします。

どおりでで人と話していると疲れる訳です。保険の営業の仕事をしていたときも、1日何人の人と話をします。もちろん、営業なので人から嫌われないようにしよう、よく思われようとして気を張っています。そんなんなんで、気持ち悪くなって倒れそうになったこともあります。

もうそんなことはどうでもいい。人から嫌われようがどう思われようが、冷酷だと思われようが、身体の力を抜いて気楽にいられる方が良いわ。と思い出してから、ふっと身体の力が抜けるような感覚を覚えました。

と同時に、母親の影響力って絶大なんだなと気づきましたね。親は「こんな子に育ってもらいたい。」と願って名前をつけたりしますが、それと持って生まれた子どもの人格や意向は無関係です。

子どもが自分らしくいられるようにサポートすることくらいしか親にできることはないし、それ以外のことは必要ないんだなと思います。

あなたも親から言われたことで生きづらさを感じていませんか?言いたいことややりたいことにブロックがかかっていませんか?もし、そういうことがあるなら「もうどうでもええわ。Fuck!」と言って手放してみると良いですよ。

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