新しい時代の人生の指標

私が見る今の社会は、とにかく多い方がいいという印象です。数字がね。たくさん稼いだ方がいい、広い家に住んだ方がいい、高い階に住んだ方がいい、高いものを持っている方がいい、コスパが高い方がいい、再生数が多い方がいい、いいねが多い方がいい、フォロワーが多い方がいいなどなど。

私も以前はそうでした。8年前に自由を選択する以前はそうでしたし、自由を選択してからお金がたくさん入ってきていた時はそうでしたね。

でも、なんだかそういうのはもうくだらないなと思います。

なぜくだらないかって、それと幸せや人生の充実感って無関係だからです。たくさん稼げば稼ぐほど幸せで人生が充実しているなら、一般的にセレブと言われている人たちはうつ病になったり自殺したりしませんよね。

こういう洗脳っていつから始まるんでしょうね。幼稚園や小学校に入ってからでしょうかね。テストの点数をつけることから始まるような気がします。正解すればよくて、間違えれば良くないという価値観が植え付けられます。その上で、たくさん正解する方がいい、点数は高い方がいいという価値観になります。

小学生の低学年のうちは高い方がいいと思うのはテストの点数ぐらいでしょうが、段々と持ち物だったり小遣いやお年玉の金額だったりを比較し始めて、親の仕事内容や年収とか家の値段とかそういうのを比較し出すようになります。

社会に出たら成績が収入に置き換わります。たくさん稼いだ方がいい、いっぱい認めてもらえるし褒めてもらえるという刷り込みをされます。

この、褒めてもらえる認めてもらえるなんていうのは麻薬ですね。褒めたり認めてもらうと気持ちいですが、褒めたり認めたりするかどうかは相手次第になります。自分以外の誰かが「いい」「すごい」と思える言動をした時のみ、褒めたり認められたりします。気持ちいいですから、相手が「いい」と思う言動を繰り返すようになります。本当はしたいことでなくてもやってしまいます。一瞬の快楽のために、自分自身を犠牲にするのは麻薬、覚醒剤をやっているのと同じです。これも同じように犯罪にして取り締まればいいですよね。

「誰かへの媚び売り禁止!そんなことしなくても、あなたはすでに認められて愛されていますよ。」っていうメッセージと共に。

今の社会で繰り広げられている「より多い方がいい」という価値観と、それに伴う承認欲求お化けはくだらないです。

じゃあ、何を指標にするんだろうと思った時に、何のために生まれてきたのか?ということを考えます。

私は、人生は遊びで、楽しむために生まれてきたと思っています。だから、どれだけ人生楽しめるか?楽しんでいるか?という指標を持つといいんじゃないかと思います。

楽しいと感じることは人それぞれですから、自分が「楽しい!」と感じることを突き詰めていけば、自ずと自分が持っている才能を活かした生き方ができるんじゃないかと思います。

今は、食べるために生きている人がほとんどだと思います。でも、そういう人たちが自分にしかない才能を発揮し出したら、世の中はもっともっとみんなにとって心地よいものになるだろうなと思います。まぁ、そうなってみないとわかりませんけどね。

楽しむってことでいうと、やっぱり人間として生まれてきたからにはたくさん「感じること」を楽しもうと思います。どんな感情もそうですし、ありとあらゆる感覚、五感を通して感じるものをしっかりと感じて楽しみたいと思います。

感情や感覚を楽しめないようにするのが判断です。感情や感覚に名前をつけたり、いいや悪いの判断をすると、純粋な感情や感覚を感じられません。

少し前の記事でも書きましたが、どんな感情も感覚も味みたいなもので、いろんな料理を食べてるんだな〜という感覚で捉えるといいと思います。どんな感情を感じても死ぬことはありません。感覚は分かりませんけど。あまりに強烈だったら気絶したりするんかな?

たくさん感じる人生。これが最高に楽しい人生になるんじゃないかと思います。

誰を参考にするのか?

金持ちになりたいなら貧乏人の言うことを聞いていてはいけないと言われます。それはまぁそうだと思います。

今は、たくさんの人が金持ちだけど幸せじゃない人、人生楽しんでいない人の言うこと、持っている価値観を参考にして生きていますから、楽しさよりも「たくさん得る」ことに重きを置いて生きているように思います。

じゃあ、たくさん感じる人生、最高に楽しい人生を送るために誰を参考にすればいいんでしょうか?

それは、小さい子供です。まだ言葉を話せるか話せないかくらいの子供がいいでしょう。なぜって、言葉を知らないということは、感情や感覚にいいや悪いの判断をしませんし、名前をつけることもありません。起こる感情や感覚をダイレクトにそのまま感じています。

そして、思うままというか感じるがまま体を動かして楽しそうにしていますよね。小さい子どもが楽しそうなのは、金持ちであろうが貧乏であろうが関係ありません。

ほとんどの人にとって、幸せのピーク、人生の楽しさのピークは2歳で、それ以降ずっと右肩下がりなんではないかと思います。

小さい子供は何も知りません。何も知らないと人生は最高に幸せで楽しいものになります。「知らぬが仏」という言葉がありますが、ここでいう知らないこととは、何も判断しないし、何にも名前をつけて自分と分離させないということです。何かを判断したり名前をつけることで、自分とそれ以外ができて分離します。この分離をしていない状態が仏、神ということです。知らない方が幸せだという意味ですが、まさにその通りの意味です。

何をするかしないかを判断するとき、「何かを得られるか」「何かを失わないか」という今までの判断基準ではなく、単純に「それをするのが楽しそうかそうじゃないか」という判断基準を持ってみると、新しい生き方ができるなぁと思います。

新しい生き方をする人がたくさん増えてくれば、「いや、もうお金なんていらないっす。」という人が増えてくるので、資本主義社会が終わっていくと思います。その先にあるのは、みんながのびのび自分のしたいことをして、人生を楽しむ社会、自由主義社会だなと思います。

 

P.S 個人的には浮気や不倫という概念がない、自由恋愛主義時代が到来してくれないかなと思っています(笑)

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