意図を実現させる本質

※これは実験中なので、真似するなら自己責任でお願いします。自己責任って、自分の責任じゃなくて自己に責任があるってことですね。

右手の人差し指を立ててみてください。「1」のポーズです。左手は開いてください。「パー」のポーズです。そして、右手を左手に当てて、左に押してみてください。その時、右手と左手がぶつかっているのをしっかりとみるようにしてみてください。どうなりますか?きっと、ぶつかった場所から動かないでしょう。

では、両手はそのままにして、全く違う方向に意識を向けてみて下さい。遠くの方を見つめてみるとやりやすいと思います。どうなるかやってみて下さい。

私と同じようにしていたなら、意識を他にそらした瞬間人差し指を立てた右手が左手を押して左に進み出したでしょう。

右手が左手を押している最中に、再び両手の方に意識を向けると再び動かなくなります。

不思議ですね。意識を向ける方向によって動いたり動かなかったりします。やっている動作は変わりません。どうしてこんなことが起こるのでしょうか?

私もそれについて書かれている本をちょっと読んだり、youtubeで動画を見ただけなのでそこまで詳しいわけではありませんが、光は粒子でもあり波でもあるという性質が関係しているように思います。

観測すれば固まる

詳しくは検索してもらいたいのですが、二重スリット実験という実験で、光は誰かが観測した時だけ粒子として振る舞うが、誰も観測していない時は波として振る舞うという性質があるようです。

この、観測というのが意識を向けることだと私は思います。左手を押そうとする右手に意識を向けると、それは右手という物体が左手という物体を押そうとして認識される。作用と反作用の力が働くので動かない。しかし、意識を向けなければ、右手も左手もない、物体として認識されないので反作用が起きずに押されるという理屈だと思います。(私がそう思っているだけで、本当かどうかは知りません)

反作用の力が働かないので、左手を押すという意図がそのまま実現したのだと思います。

意図がそのまま実現する時、しない時

この働きを、問題の解決に置き換えてみます。

あらゆるものはエネルギーなので、問題もエネルギーです。意識を問題に向けると、それが物体として存在するかのように振る舞います。問題を解決したいという意図に対して、反作用の力が働くので動きません。これが、問題に意識を向けている限りは解決しないし、解決したように見えても同じことが繰り返される原因だと私は思います。

一方、問題に意識が向けられなければ、解決するという意図だけが働き、反作用の力が働かないので自然と解決していくでしょう。

問題を解決したいなら、そこに意識を向けてはいけないということです。これはたまに言われていることですが、問題を解決しようとしてはいけないと教えられることがあります。そこで、問題を解決するために何もしないんだという何もしないということをする場合があります。私もそう考えていました。しかし、これでは問題を解決するための行動が「何かする」から「何もしない」に変わっただけで、相変わらず問題に意識が向いている状態は変わっていません。だから、何も変わりません。意識を問題とは全く別のところに向ける必要があります。つまりは、忘れるということですね。

楽しいことをやっていれば、問題が解決するというのも同じ理屈だと思います。楽しいことをやっている時は問題に意識が向きません。すると、意識が向けられない問題は自然と物質として振る舞えなくなり、知らない間に解決するということです。だから、やりたいことをやっていればうまくいくというんですね。

ただ、これも「やりたいことをやっていればうまくいく」と、うまくいかせることや問題を解決することが目的で、そのための手段がやりたいことになっているとうまくいかないと思います。ただ、やりたいことをやる。それをすること、もしくはしないこと自体を目的にするということです。やりたいことをやってうまくいく人といかない人の差はここじゃないかと思います。

私の場合は、子供の頃から「お金の問題を解決したい。」とずっと思っていました。だから、どれだけお金が入ってきても常にお金の問題がある状態でした。ずっとずっとお金の問題に意識が向いていたからです。

意図してぼんやりする

何かを実現したい、問題を解決したい(これも何かをしたいと言い換えられますが)という意図を持ちます。この記事の最初でやってもらった実験で言えば、「右手で左手を押す」という意図です。この意図を持ち、右手や左手に意識を向けると何も起こりません。それと同じで、何かしたいと意図を持ちます。でも、意識が現状に向いたままであれば何も起こりません。

つまりこれは、自分でなんとかしようとしている状態だと思います。自分でなんとかしようとすればするほどうまくいかない。右手にも左手にも力が入ってくたびれるだけです。

一方、同じように意図を持った後、そこに意識を向けなければ自然と意図が実現されます。この実験の場合であれば、何もしなくても右手が左手を押し続けます。そこに改めて意識を向けない限り、止めるのが不可能だと思えるくらいどんどん押し続けます。そして、右手や左手に意識を向けると止まります。

意識を向けないというのは、手放すことと同義です。意図を持った後は、手放す、起こるに任せていると、自然と意図した通りに進んでいくのではないかと思っています。

私が最近実践しているのは、極力どこにも意識を向けないことです。どこにも意識を向けないというのは、全てを手放している状態です。すると、起こることがただ起こっているような感覚があります。そして、少しばかりお金の周りが良くなっているような気がします。まだやり出したばかりなので、そういう気がするだけかもしれません。

普段私たちは、意識を思考や身体に向けていると思います。それが「これが私。それ以外は他。」という分離を生み出しています。一方、どこにも意識が向いていないと「自分」という感覚が和らいでいる感覚があります。どこにも意識が向いていないということは、全てに意識が向いているということです。これは全部が自分という認識、態度に至っているのではないかと思っています。

コツは、意図したら後はぼんやりしておくことです。目の前に現れているものにしっかりと意識を向けるのではなく、どこにも意識を向けずにぼんやりしておくことかと思います。もしくは、自分の後ろや頭の上の方などに常に意識を向けておくこと。要は、目の前の現実から意識を逸らすということです。右手と左手から意識を逸らすのと同じように。

意図したらぼんやりしておく。私は引き続き検証していきます。これを読まれた方でやってみようと思われたら、ちょっとやってみて下さい。検証結果などをコメントいただければ嬉しいです。

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