引き寄せの法則、アファメーションの注意点とは?

質問がありましたので回答しました。

「○○があれば幸せ」という信念、幸せに対する条件付けを外すことについて質問です。

よく色々な本に、「得たいものを得た時の気持ちを先取りして味わおう」とか、「既にそれを得ている状況をアファーメーションしよう」などと書かれていますが、これらの方法は「私はまだ〇〇がない」という気持ちを強化してしまう気がしています。

なぜなら、これらのことをするということは欲しいものに意識を向けることであり、そこに意識を向ければ「まだ自分にはそれがない」ということを再認識してしまうからです。

実際、得たいものを得た時の状況をいくら想像しても、欲しいもの(例えば家や車)を見た時には「ない」ということを強く意識してしまいます。

「これらのものは、あってもなくても幸せ」という状況になるためには、「気持ちの先取り」や「アファーメーション」はあまりしない方が良いのでしょうか?

また、幸せに対する条件付けを外した場合、本来なりたかった状態、例えば幸せなお金持ちの状態ではなく、貧乏だけど幸せということは起こり得ますでしょうか?

なるほど。

質問は2つですね。

まずは、「気持ちの先取り」や「アファーメーション」はあまりやらないほうがいいのか?

続いて、幸せに対する条件付けを外した場合に、貧乏だけど幸せという状態になり得るか?ということですね。

1つ目の質問に対して回答します。

何かを得たときのことをイメージしてその気分を味わう。とか、

「私は○○を持っている。」ということを繰り返し自分に言い続けるのは引き寄せの法則に通じるものがありますね。

これをやっていると、確かに質問者さんの書かれているとおり、欲しいと思っているものを見た時に「まだないやん!」となってがっくりしてしまうと思います。

これに対する回答は、具体的に○○を得たいという具体的なものを外してしまえばいいと思います。たとえば、レクサスのRX450hが欲しいとしますね。引き寄せの法則的にはレクサスのお店に行って試乗し、毎日その車に乗っている姿をイメージして、その気分を味わいなさい。そうすれば叶うからと言われます。

しかし、実際今手元にレクサスがあるわけじゃないので、自分が持っている車に乗ったときに「まだレクサスは持っていない。」という思考や感情が出てきてしまいます。これは引き寄せの法則的にもNGですね。

ではどうするか?この質問をします。

「これを手に入れたら私はどうなるんだろう?」

レクサスを手に入れたらどうなるのか考えてみます。どうなるのかというか、どんな気分になるかということですね。

楽しいとか、豊かさを感じるとか、優越感を感じるとか、色々あると思いますが、最終的には「幸せになる」に行き着きます。

ということは、欲しい物はレクサスではなく「幸せ」な気分なんですね。幸せになるのが目的で、レクサスはその手段の1つに過ぎないということです。

じゃあ、やることはレクサスにこだわらずに幸せな気分を選ぶことです。そうして、レクサスがあなたの幸せに貢献するならレクサスが手に入るでしょうし、ベンツの方が良いならベンツが手に入るでしょうし、ノアがいいならノアになるでしょう。

手段にこだわってしまうと、目的を取り逃がします。

たとえば、レクサスが欲しいと思っているところに抽選でジャガーが当たったとしましょう。手段にこだわってしまうと、「なぜレクサスじゃ無いんだ!」と無駄に苦しむことになります。ジャガーが当たって喜べば良いのに「どうせ俺が望んだものなんて手に入らないんだ。」と無駄に不幸を味わうことになります。

車とか家の何か欲しい物に限らず、あらゆる物事で手段にはこだわらないことです。そして、どんな物事も最終的な目的は「幸せ」につながります。じゃあ、細かいことにはこだわらず幸せであればそれでいいじゃないですか。

あとは、こんなパターンもあります。

引き寄せの法則通りに「レクサス、レクサス、レクサスゥゥゥゥゥ!!!1」とやって無事レクサスを手に入れたとしましょう。

でも、そのレクサスが故障まみれだったり、鍵の閉め忘れまでレクサスからいちいち電話がかかってきてうっとうしかったり、事故で大けがをしてしまったらどうでしょう?そのレクサスはあなたの幸せに貢献すると言えますか?

私たちは自分のことをよく分かっているつもりですし、自分が何を必要としているか、何が自分にとっての幸せなのかよく分かっているつもりですが、実のところ全然分かっていません。

なので、気持ちの先取りをやるなら、具体的なものを手に入れたことや、具体的な状況を思い浮かべて良い気分になるのではなく、ただ良い気分を選ぶようにした方が良いです。

アファメーションもやるなら、具体的なものや状況では無く「私はとても幸せです。」くらいにしておいた方が良いと思います。

私が今もたまにやるアファーメーションは「私は無限に豊かです。必要なものは何もありません。」です。このときの「私」が誰を指すのかは注意した方が良いです。もちろん、映画の登場人物としての私ではありません。

次の質問です。

幸せに対する条件付けを外した場合に、本来はお金持ちで幸せになりたいと思っていたが、貧乏でも幸せということは起こりえるか?ということですね。

これは起こりえます。

そもそも、お金をたくさん持つというのは手段であって目的ではありません。目的はあくまで「幸せ」です。

「幸せ」ならお金がたくさん無くてもいいじゃないですか。私はバリバリ経験しましたが、お金をたくさん持つと「無くなるかもしれない」不安を抱えるようになります。

大事なのは、何かを達成した後に幸せになるのではなく、今ここで幸せを選ぶことです。今幸せなら、新たに何かを得ようとか、何かを変えようとかそんなことは思わなくなってきます。そうすると、何も得なくていい、何も変えなくていいようになっていきますよ。

私はお金をたくさん稼いで、高価なものもたくさん手に入れました。

でも、「幸せだな〜。」と感じるのは、子どもの成長を感じたときとか、家族でアホなことをして笑っているときとかですよ。

お金をたくさん得るなということではありません。稼ぎたいならたくさん稼いでください。ただ、お金と幸せは関連していないこと。それに、今仮にお金があまりない状況でも十分幸せであることをしっかりと認識した上でお金を稼いだ方が良いです。

そうじゃないと、「お金をたくさん稼がないと幸せになれない、維持できない!」という新たな恐怖の原因を作ってしまうことになります。

それに、お金に執着がない方がお金も得やすいでしょうしね。

まとめると、手段にはこだわらないこと。

どんなことも最終的な目的は「幸せ」なので、さっさと幸せを選ぶこと。幸せを選ぶとはすなわち、今に在ることです。

これに尽きますね。

 

P.S 県外のホテルに一人泊まるとき、抜くための手段(店選び)にこだわりすぎて疲れてしまい、抜けずに寝てしまうということがあります(笑)

※内容が矛盾していると感じた場合は、新しい日付の記事を採用してください。

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