安心に根拠を求めてはいけない理由

安心はあなたの胸の中にある・・・なんちゃって
安心はあなたの胸の中にある・・・なんちゃって

いつも頭の中の声は不安にさせることばかりですよね。その声を消すために、私たちは何かと安心できる根拠を求めてしまいます。

根拠の材料にされるのが「収入」や「貯金の額」や「資産」だったりします。

よし、年収が1,000万円になったからもう安心。貯金が1,000万円あるから安心だ。なんて思ってしまいます。他にも、公務員になったから安心、一部上場企業に入社できたからもう安心。そんなことを考えてしまいます。

仮に、「貯金が1,000万円になったら安心だ」と思って、一生懸命お金を貯めたとします。貯金1,000万円を見事達成しました。

「やった、念願の1,000万円貯めることができた!」とそのときは安心感やら達成感を感じることができるでしょう。それはそれでいいと思います。でも、その次の瞬間こんな声が聞こえてきそうじゃないですか?

「本当に1,000万円で大丈夫なのか?」

「日本円が紙くずになって価値がなくなったらどうするんだ?」

またこんな声に反応して、「やっぱり2,000万円くらいないとだめだな。」と思って、欲しいものややりたいことを我慢してシコシコ無意味な貯金にいそしんだり、日本円を持っているだけではだめだと思って外貨預金や海外投資を始めたり、、、(海外投資が悪いわけじゃありません)

海外投資を始めたとすると、「リーマンショックみたいなのが起こったらどうするんだ?めっちゃ損をするぞ。」と思って不安になったりするんです。(まぁ、リーマンショックみたいなのは7〜8年に一回はあると思ってた方がいいです)

つまり収入や貯金の額、資産などに安心の根拠を求めても、不安がなくなることはないんです。「これを得たら安心できる」「こういう状態になれば安心できる」と思っている限り安心できることはありません。

なぜなら「これを得たら安心できる」ということは「これを得られなかったら不安」と言うことでもありますし、「これを得たとしても失ったらまた不安」ということです。

「こういう状態にあれば安心」も同じで、「こういう状態になれなければ不安」ですし「こういう状態でなくなったらまた不安」ということです。

安心に根拠を求めて「条件付きの安心」を求めている限り、安心することはありません。

では、どうすればいいかというと、ただ安心していればいいんです。根拠はいりません。根拠はなくても安心することはできます。

やり方は簡単です。先のことを考えなければいいんです;具体的には先日の記事でも書きましたが、深呼吸でもしていればOKです。

そうしていると、安心できるような現実が作られていきます。先のことは考えず、根拠のない安心感をもって「まぁ、大丈夫だろう。」と思っているのが一番安心できます。

 

P.S 「まぁ、大丈夫だろう。」と思いながら浮気相手に中出しして子どもができたとしても、私は責任とりませんよ(笑)

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