子どもが「僕は」「私は」と言わない理由

私の6歳の息子と4歳の娘は、彼ら自身のことを話すときは「名前は、、、」と言います。「僕は」とか「私は」とは言いません。息子はたまに「俺が」と言っていますが。

あなたのお子さんもそうだったんじゃないかと思います。それが、知らない間に「僕は」「私は」となります。この違いはどうでもいいように感じますが、実はとてもとても大きな違いです。そして、「僕」「私」と言わない方が人生を楽しく、幸せに生きられます。

「僕」「私」と言わない状態がどういう状態かというと、自分自身は身体だと思っていない状態です。子どもが何かを話するときは「○○という名前がついている身体が経験したこと」について話をしてくれます。彼ら自身について起こったことではないのです。

ちょっとわかりづらいですかね。スピリチュアル的に言うと「自我と同一化」していない状態です。

子どもは自分の身体を映画の登場人物もしくはゲームキャラとして捉えています。それがいつの間にか映画の登場人物やゲームキャラが自分自身だと思うようになるのです。そこから問題や悩みが起きてきます。

この身体は映画の登場人物であって、自分はこの身体ではないということが分かっているので、子どもに問題や悩みはありませんし、とても幸せそうです。お金がある家に生まれようが、お金が無い家に生まれようが子どもは幸せそうですよね。

悩みや問題が無いというのをわかりやすく伝えると、あなたが見ている映画やドラマの登場人物が何かの悩みや問題を抱えているとします。たとえば、マザコン夫とお見合い結婚してしまったことを悩んでいるとします。そのドラマの登場人物はマザコン夫がセックスしてくれないことを悩んでいるかもしれませんが、その登場人物を演じている女優自身の悩みではありませんね。

イメージが湧いたでしょうか?

あなたがプレイしているゲームのキャラクターがいくらダメージを受けても、コントローラーを握っているあなたが傷つくわけではありませんね。

間違っているかもしれませんが、悟りとは「自我との同一化をやめること」だと感じています。悟りの道は「家から出て家に帰る旅」と例えられています。子どもは悟った状態で生まれてきます。自我との同一化していない状態ですね。それがいつの間にか自我との同一化して、そこから抜け出してまた悟りの状態に戻るという意味かなと。キリストが言っている「赤子のようになりなさい」というのもそういう意味じゃないかなと感じています。

あなたの身体をあなた自身だと思うと、幸せな状態や心穏やかな状態、いい気分で長くいることは難しいでしょう。何もしていなくても災難は起こりますし、周囲の状況は自分の意に反してどんどん変わっていきます。

しかし、あなたがあなたの身体ではないと気づいた時、あなたの身体にどんなことが起こってもあなた自身には何の影響もないことが体感的に分かります。すると、目の前の状況に左右されにくくなります。それらが自分自身に何の影響も与えることができないことがわかるからです。

起こることを眺められるようになります。映画を見たり、ゲームをプレイしているようにです。この世界にいてこの世界にいない状態とも言えますかね。

「それと私の映画の登場人物の経験の質とどう関係があるの?」と思われるかもしれませんが、大いに関係があります。あなたが「自分はこの身体でない」ということを体験した後は、幸せな気分、穏やかな気分、いい気分でいる時間が長くなります。それにともない、映画の登場人物のシナリオがその気分に伴って変更されます。

もっとも、一度「これは自分ではない」ということに気づくと、映画の登場人物のシナリオはあまり気にならなくなります。なぜなら、それらは自分とは関係ないからです。映画の登場人物のシナリオがどうであれ、自分自身は幸せで穏やかでいい気分であることは変わらないからです。逆にこの態度がいらない執着を取り除くので、結果的に映画のシナリオがいいものに変化していく可能性はとても高いです。

あなたはあなたの身体というツールを使って、思いっきり地球というフィールドで遊べばいいんです。
P.S 私が一番使うツールはチンコです(笑)

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