値段について最近思うこと

色んな商品、サービスについている値段について何年か考えていました。「これは何のためについているんだろう?」「何の意味があるんだろう?」それに対する1つの答えは、先日の記事で書いた「何の意味もない。便宜上ついているだけ。」というものです。便宜上というのは、貨幣経済というシステムのなか物品、サービスのやりとりが成り立っているので、そのためについているだけということです。

商品やサービスについている値段は、その商品やサービスの価値の度合いを表しているわけではありません。
そして、値段はその商品やサービスを提供する人がつけるものです。その人が他の商品やサービスとか、かかった時間とか労力などを考慮して「これくらい欲しい」という数字が設定されています。

これはつまり、相手基準です。商品やサービスを提供する人はこう思うという意思表示がされているだけです。

ということは、商品やサービスについている値段で買うとか買わないとか決めているということは、他人基準の買い物をしている事になると思います。そして、私たちの人生は買い物で成り立っていると言っても過言ではありませんから、他人がつけた値段を基準にあなたの行動を決めるということは、他人の人生を送ることになる大きな要因のように思います。

では、どんな基準で買うか買わないかを決めるかというと、唯一あなただけが持っている基準を使います。それは「欲しいか」「欲しくないか」です。「やりたいか」「やりたくないか」です。純粋な気持ちとして欲しい、欲しくない、純粋な気持ちとしてやりたい、やりたくないを基準に選びます。

それ以外の基準、つまり「〜だから」というのは純粋な気持ちから欲しがっているものではありません。「〜だから」というのは、「いい」「悪い」が基準になっていて、あなたが元から持っているものではありません。誰かにどこかで植え付けられた判断基準、物差しが元になっています。

小さい子どもが何かを欲しがるときは純粋な気持ちで欲しがります。「これを持っていたらカッコいい」とか「これを持たないと周りから馬鹿にされる」という理由はありません。嫌がるのも理由はありません。やりたくないからやりたくないのです。

値段ではなく、商品やサービスそのものを見ること。そして純粋な気持ちで欲しいと思うものを手に入れていくこと。みんなが持っているものや、世間的に「いい」とされるものでも、欲しいと感じなければ買わないこと。これが買い物を通して自分の人生を取り戻していく工程なのかなと思います。

たくさんの方から報告がありますが、スーパーで値段を見ずに買い物をすると、とても満足度が高いそうです。これはつまり、今まで値段という他社基準で買い物をしていたのが、自分基準で買い物をする。その時は自分の人生を取り戻しているからなんだろうなと思います。

人生は映画ですから、その映画に必要な物はお金であれ何であれ与えられます。なので、自分が「欲しい」と感じるものを買っている限り、自分の純粋な気持ちに従って買い物をしている限り、お金で困るようなことにはならないんだろなと思います。

何かが「欲しい」と思ったとき、それはあなたの純粋な気持ちからきているものなのか、それとも「いい」「悪い」の判断から来ているものなのか確認してみてください。

前者の場合、理由はありません。「なぜだか分からないけど欲しい」「なんか知らんけど気になる、やりたい」というものがそうです。後者の場合は何らかの理由ありきです。「これを手に入れると〜だから」というのが一番に来ています。

例えあなたが持っていると思っているものでも、あらゆる「いい」「悪い」の判断基準は他人から与えられたものなので他人のものです。他人の人生を生きるのをやめ、あなた自身の気持ちに正直に生きましょう。そうしていると、自然とお金の不安や問題もなくなっていくでしょう。

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