他人がお金を出してくれる私はお金持ちなのか?

こんにちは、中川です。今日はお便りを頂いたので、それに対するお返事をしたいと思います。お便りというかコメントですが紹介します。

「よろしければひとつ教えてください私が欲しいものを自分のお金を出して買ったあと、主人が私にお金をくれたとしたら、それは自分にお金が返ってきたことになりますか? 貧乏だった私ですが、主人と結婚して貧乏ではなくなりました。正確には、貧乏を感じなくなりました。でも、主人は私が大金を使うたびにお金を出してくれます。私はこれでいいのかどうかわかりません」

あなたはどう思われますか? これでいいのでしょうか? どうでしょう?

私はこれでいいと思います。出してくれるなら出してもらえばいいと素直に思います。別に自分で買わなければいけないということはありません。欲しいものを手に入れる手段として、自分でお金を出して買うという方法もありますが、誰かから貰っても、誰かに買ってもらってもいいと思います。手に入りさえすればいいので、拾っても、貰っても、買ってもいいわけです。

自分の手元にお金がたくさんなければいけないということはありません。欲しいものがあったりやりたいことがあったときに、それが手に入ったりそれができたりすれば十分だと思います。自分の手元にお金があるかどうかは関係ありません。

そもそも、お金というのは何かを買ったりやったりする時に必要なものなので、お金という媒体を通して実現しているかどうかというだけの話です。主人という言い方も、男の人がメインのような聞こえ方がするので好きではありませんが、旦那さんが出してくれても、愛人が出してくれても、友達が出してくれてもいいと思います。

やりたいことがやれているかどうかが大切です。欲しいものが買えているかどうかというのも、やりたいことをやれているかどうかの中に含まれるので、純粋にやりたいと感じたことができているかどうか、それだけの判断で十分だと思います。

誰がお金を出そうが、どんな形でやってこようが、他の細かいことはどうでもいいと思います。だから、私はそのままでいいと思います。これからも欲しいと思ったものを買えばいいと思います。

コメントの中に、貧乏でなくなった、正確には貧乏を感じなくなった、とありました。鶏が先か卵が先かというような話なのですが、お金がたくさんあれば貧乏でなくなるかというと、そうではないと思います。貧乏を感じなくなったときに貧乏ではなくなると思います。

今まで欲しいものややりたいことがあまり実現しなかったからこそ貧乏だと思っていたと思うのですが、これが実現し、できるようになったからこそ貧乏ではなくなったと感じるようになったと思います。おそらく旦那さんと結婚して貧乏ではなくなった、貧乏を感じることがなくなったということだと思いますが、その前に何か心境の変化があったと思います。

そうでないと、たとえどんな状況に変わったとしても、貧乏なマインドや考え方、癖がある場合は繰り返すはずなので、ずっと一緒です。だから、そのままでいいと思います。

ただ、貧乏を感じなくなったという表現だと、貧乏に軸をおくので、貧乏を感じなくなったというよりも、豊かさをもっと感じられるようになったという表現の方がいいと思います。

引き寄せの法則を信じられるのであれば、あまり良くない言い方です。豊かさを感じられるようになったというような捉え方や考え方がいいと思います。

旦那さんがお金を出してくれるということは、財布が別で共働きだと思いますが、そうだとしたら今の状態でいいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。