今日死ぬとしたら、どんな風に生きますか?

今日死ぬとしたら、どんな風に生きますか?

「今日死ぬ」そう思って生きたら、ほとんどのことはどうでもよくなります。どうでもいい考えに煩わされることも無くなって来ます。

そして、本当に大事なことが見えて来ます。本当にやりたいことがやれるようになります。

数日前にふと「今日死ぬとしてもこれをやるんだろうか?」という考えがやってきました。それ以降、「今日死ぬとしたら何をするだろうか?」「今日死ぬとしても、それをやるだろうか?そんな風に時間を過ごすだろうか?」と問いかけながら生きています。

私は、子どもと一緒にいたい。それが一番やりたいことなんだということがわかりました。コロナウイルスのおかげで春休みが1ヶ月延び、子供がずっと家にいます。だから、できるだけの時間子どもと一緒に過ごし、たくさんの思い出を作ろうと思っています。

今まで出来等に聞いていた子供の話も、「もう聞けないかもしれない」と思うと、しっかりと意識を向けて聴けるようになりました。

子どものいろんな表情、仕草、とても愛おしく感じるようになりました。子どもの成長した姿を感じ、喜びにあふれるようになりました。

以前よりも、イキイキしています。たくさん笑って、楽しい時間を過ごせるようになりました。

先のことなんか気にせず、今この瞬間やりたいこと、楽しいと感じることが以前よりもできるようになりました。だって、今日死ぬんですから、明日のことなんてどうでもいいんです。明日目が覚めたらラッキーだと思うようにしています。そして、明日が来たとしたら「今日死ぬとしたら?」と考えて行動します。

現状への不満もありました。しかし、そんなものは何処かへ行ってしまいました。代わりに「自分はなんて幸せな人生だったんだろう」そういう考えが自然とやってくるようになりました。

一瞬一瞬を大事に生きるようになりました。始めて数日ですが、「いつ死んでも大丈夫だな。」と思えるようになりました。

周りの人、付き合いのある人に文句や不満がありました。しかし、そんなものは消え失せ、たくさんの人に感謝の言葉が浮かんできました。

人類で最も偉大な発明は「締め切り」だという言葉を聞いたことがありますが、本当にその通りだと感じました。死は人生最大の締め切りです。そして、それはいつやってくるかわかりません。しかし、確実にやってくることはわかります。

私は子どもの頃からギリギリにならないと力を発揮できませんでした。夏休みの宿題なんかも夏休みが終わる3日前に片付けていました。大人になってからも、何かの締め切り間際にならないとなかなか身体が動きませんでした。

だから、毎日が締め切りだということにしました。「今日死ぬ」ということは、今日が人生最後の日、人生の締め切りだということです。

毎日毎日やりたいと感じることだけをやって、先のことなんか考えずに今だけのことを、今日だけのことを考えて生きる。もしかしたら、死なずに長生きして、とんでもない悪い結果になるかもしれません。その不安がないわけではありません。

しかし、自然と「そうなっても構わない」と思えるようになりました。そんなことは大したことではないからです。

それに、どうなるかわからない、生きているかどうかわからない先のことよりも、確実に生きている今やりたいことをやります。

そんな毎日を「死ぬ死ぬ日記」と名付けて記録していこうと思います。私自身どんな人生になっていくのか楽しみにしています。

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