中川優也は死にました

「○○という特徴、考え、アイデンティティをもった中川優也という人間は死にました。」
ということをやってみたときに、なぜか深い安心感や至福に包まれました。

あらゆる出来事に意味はありません。その出来事に苦しみを生み出しているのは、自分の考えであったり、執着、現実をコントロールしたいという思いです。
そうしようとしている存在、つまり自分自身が死んでしまえば苦しみが生まれることはありません。

つまり、「どうなってもいい」という気分になれます。「どうでもいい」という投げやりな態度ではありません。「どうなってもいい」です。

恥をかく人はいません。その人はすでに死んでいます。
お金が無くなって苦しむ人はいません。その人はすでに死んでいます。
人からの評価を気にする人はいません。その人はすでに死んでいます。
何かを守ろうとする人はいません。その人はすでに死んでいます。

そこに残るのは、自分が本当にやりたいことや言いたいことです。

あなたも一回死んでみるといいかもしれません。そうして、やりたいことをやり、言いたいことを言って、目に映る世界がどう展開していくのか全力で経験して楽しんでみるといいですよ。

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