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ストレスの原因を見つけて除去する苦しい方法

ストレスの原因を見つけて除去する苦しい方法

たぶんこのブログの最初の方の記事に書いた記憶があるんですが、「自由と責任は表裏一体」です。
どういうことかというと、責任を取った分だけ自由になれるということです。

あなたの行動だけではなく、あなたの目の前に起こる出来事やその出来事に対して抱く気持ちや反応に対してどれだけ責任を取れるか。これがどれだけ自由であるかと同じです。

あなたの行動に対する責任を取るというのイメージしやすいと思います。しかし、あなたの目の前に起こる出来事やその反応に対しての責任を取るというのはどういうことでしょうか?

「おいおい、出来事にまで責任を取るなんて言い出したら、たとえば痴漢されたり、泥棒に入られたりしたことについても自分のせいだと思えということか?」という反論が聞こえてくると思います。実際、私も自分の目の前に現れる出来事に責任を取るという言葉を聞いたときはこう思いました。

深い意味ではそうなんです。あらゆる出来事は起こるべくして起こっています。が、そんなものは起こしたくて起こしているわけではありませんので、「痴漢されたのも私のせいだわ!」と自分を責める必要はありません。

では、どう責任を取るのか?それは、出来事に対する意味づけに対してです。
痴漢に遭う、この出来事に意味はありません。あらゆる出来事に意味はありません。その出来事に対して「いい」「悪い」をはじめとしたレッテル張りをして、出来事に意味づけをしているのは自分です。

それに気づけたら、あらゆる出来事から自由になれます。要は、好きなように意味づけをすることができるのです。

痴漢に遭うという出来事に遭遇したら、「満員電車に乗るなということだな。」と意味づけして30分早く出社するようになり、生産性が上がって出世するかもしれません。また、「もう電車に乗るような生活はやめよう。」と思い立って、自宅でできるビジネスを開業して成功するかもしれません。
はたまた、「痴漢に遭った、最低だ!」と怒りをまき散らし続けたり、嘆き続けたりという反応も選ぶことができます。

(痴漢を題材にしていますが、痴漢に興味はありません。痴女に出会ってはみたいですが(笑))

それができるようになっても、いろんな出来事にストレスを覚えることはあるでしょう。私もあります。
イライラしたり、悲しんだり不安になったりするでしょう。そんなときは、自分の中のいらない考え方、価値観に気づくチャンスです。

あらゆる出来事に意味は無く、しかも起こるべくして起こっているとすると、あらゆる出来事は完璧だということになります。その完璧な出来事に対してストレスを覚えているとすれば、それは自分の中の考え方にしかありません。

それは、ほとんどの場合で「〜でなければならない。」という考え方です。あなたが「〜でなければならない。」と思っているのに、それとは異なる出来事に遭遇するとストレスを覚えます。

たとえば、あなたが「結婚をしたら一人の人を愛し続けなければいけない。」という価値観や考え方を持っているとします。にもかかわらず、夫や妻が浮気をすると「結婚をしたら一人の人を愛し続けなければいけない。」という考え方に反しますから、ストレスが生じます。

相手を責めるのは簡単です。罰を与えるなどして懲らしめることはできると思います。でも、根本的な解決にはなりません。あなたがいらない考え方を握りしめている限り、手を変え品を変え、不快に思う出来事が起こるものです。

でも、この「結婚をしたら一人の人を愛し続けなければいけない。」という考え方がなかったとしたらどうでしょうか?夫や妻が浮気してもストレスになりませんよね。相手が楽しそうにしているのを祝福できるかもしれませんし、相手が好きにしているなら私も自由にやるわということで、好き勝手できる口実になるかもしれません。

「結婚をしたら一人の人を愛し続けなければいけない。」というのは世間一般的に見れば正しいことなのかもしれません。しかし、この考えで自分が不幸せになる、平和でいられないのなら、わざわざ握りしめておかなくてもいいのではないかと思います。

正しくありたいのか?幸せで、平和でありたいのか?ということですね。

正しくありたいと思っても、世の中に正解なんてありませんからね。

生活していると、イラッとすること、不快に思うことがたくさんあるでしょう。でも、その出来事が完璧だとしたら、不快の原因はあなたの中にあります。

イラついている中自分の中に原因を探すのは苦しいと思いますし、実際苦しいです。でも、いらない考え方に気づいて手放すことができたら、二度と同じ出来事にイラつくことはありません。

イラつくことが起きたら今度から「チャンスだ!」ととらえると人生変わりそうですね。

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