やりたいことをやるために捨てるべきもの

何か出来事が起こる度、特に何か失敗したり良くないと判断できる出来事が起きたときは「なぜこんなことが起こるだろう?」と考えてしまいますよね。

私もよくやってしまいます。
「何でこんなことが起きたんだろう?」
「自分の何がいけなかったんだろうか?」
「あのときああしていれば良かったかもしれない。」
「この出来事が何を意味するんだろう?」
そんなことを頭の中でぐるぐる考えます。そして、それを考えいる間はあまり気分良くありません。楽しくもありませんし。

でも、この「原因を考える」っていうのはなかなか辞められないんですよね。なんでこんな楽しくも無い作業を永遠とし続けるのだろうかとても疑問です。

そしてこの原因を考える作業は、持っている知識量が増えれば増えるほど終わりません。たとえば、私のビジネスがうまくいっていないという良くないと判断できる出来事が起きたとします。3〜4年前の私ならこう思ったでしょう。
「メルマガをサボっていたからかな。」
「ブログに下ネタを書いているのが良くないのか。」
「ライバルサイトにアクセスを取られているからだろうか?」
「セールスレターが良くないのだろうか?」
などなど、具体的なビジネスのテクニックに原因を求めたと思います。しかし、今は精神世界やスピリチュアルの知識を手に入れました。そうなると、上のような考えに加えて
「感謝が足りなかったんだろうか?」
「十分に今に在れていなかったんだろうか?」
「まだまだ感情を感じ切れていないんだろうか?」
「自分を大事にしきれていないんだろうか?」
「誰かの批判をしたのが自分に返ってきたんだろうか?」
ということが頭の中を駆け巡ります。駆け巡り続けます。

そんなことを考えても何のメリットも無いのに、ずっとずっと考えてしまうこともあります。犯人捜しをしすぎて「・・・・・もう!!!!!」となります。

そこで私は何かが起こったとき、それがポジティブだと判断できることでもネガティブだと判断できることでも「ただ起こっただけ。」とすることにしました。

そうすると、余計な犯人捜しをしてうんざりすることも無いからです。たとえば、私が1万円落としたとしても「ただ1万円が無くなった。」とか「今日1万円落とすことになっていたんだな。」で終わらせることができます。

そして、何かを起こすために何かをやるという下心による行動をせずに済むようになります。何かネガティブな出来事に対して原因があるなら、その原因を解消していればネガティブな出来事は起こらないということが言えますね。

たとえば、「明るく良い気分でいればお金を引き寄せられる」と引き寄せの法則では謳われています。これが機能するという前提なら、お金を無くしたり損したりすることの原因は十分良い気分でいられないことになります。ということは、お金を得るために良い気分でいなければいけないということなり、良い気分でいられない自分を責める材料になりえます。

良い気分でいることが目的では無く、手段になってしまっていますね。

さて、何かをすれば何かが得られる、何かをしなければ何かを得られないという因果関係が一切無ければ、あなたがやることはどうなるでしょうか?

純粋にやりたいと思うことをやりますよね。いいたいと思うことをいいますよね。そうすると、自然と良い気分でいられるでしょう。楽しく過ごせるでしょう。幸せな気分でいられるでしょう。

感謝も「感謝したいからする、だって気分良いから。」になるでしょうし、今に在るのも瞑想するのも「気持ちいいから。」になります。

すべての因果関係を捨てると、本当にやりたいと思うことができるようになります。あなたが子どもの頃そうだったように、あなたのお子さんがそうしているように。
P.S でも、あなたの浮気が見つかったときに「ただ起こっただけだ。」と言い訳をしてもうまくいかないと思いますよ(笑)

1件のフィードバック

  1. こんにちは。いつも楽しく拝見しています。

    今、私は夫と離婚したくてしたくてたまりません。
    それは、私のシナリオの中で「離婚したい気持ちになる」ということが書かれているっていう捉え方で良いのでしょうか。

    離婚した気持ちを感じ切れば、あとは離婚してもしなくても良い結果が出るでしょうか。

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