なぜ、自分でお金を稼がないといけなくなってしまうのか?

先日、奥さんが厄除けをしたいというので、近くの大きな神社へ連れて行った時の話です。

その日は結構な雨が降っていました。
奥さんの厄除けが終わり、神社の外に出ようとした時、私の前に生まれたての赤ちゃんを抱いた若い夫婦がいました。

靴を靴箱から出して履こうとしています。
はじめ、私は赤ちゃんの存在に気づいておらず、もたもたしている夫婦を見て「おいおい、さっさと行けよ」という考えが浮かんでいました。

ふと視線を上に向けると生まれたての赤ちゃんが目につきます。
「あぁ、赤ちゃんが濡れんようにしてるんやな。」と気づいたので、おとなしく待つことにしました。

赤ちゃんを見ながら「こうやって、何もせずとも全ての面倒を見てくれるのはなんでだろう?」とふと思いました。
すると思い浮かんだのは「そらお前、自分でやらんといかんっていう考え持ってないからや。」という言葉です。

生まれてからある程度の歳になるまでは全ての面倒を親などが見てくれます。ご飯は作って食べさせてくれますし、眠たいときは寝かしてくれます。うんこやしっこも垂れ流しでOKですしね。全部やってくれます。

それがある程度体が動くようになったら「自分のことは自分で」という考えに触れるようになります。そこで初めて「自分で何かしなければいけない」という考えを持ちます。すると、その通りになっていきます。なんでも自分でしなければいけなくなります。

それに輪をかけて、こういう考えを持つようになります。「◯◯しなければ、××を得ることはできない」(何かを得るためには対価を提供する必要がある)
例えば「いい子にしていないと、おやつをあげません。」「宿題もしていないのにゲームをしてはいけません。」「通知表の成績がよかったら、ご褒美をあげる。」というものです。

本当に小さい時からこういう考えにふれ、しかも自分の生存権を握られている親から言われたとなるとそれに従わざるを得ません。
今ふと思いましたが、イヤイヤ期っていうのはそれに対する最後の抵抗なのかもしれませんね。うちの息子はイヤイヤ期がありませんでしたが。

「自分のことは自分でしなければいけない」→「自分に必要なお金は自分で得てこなければいけない」
「◯◯しなければ、××を得ることはできない」→「働かなければ、お金を得ることができない」

オーマイガー!

私たちがお金のことで苦しむ根本原因じゃないですか。私たちが苦しむことは、私たちが1歳や2歳の時からもうほとんど決まっていたと言っても過言ではないですね。それに輪をかけて世の中の大半の親は「お金がない」「お金がない」と口癖のように言いますから、お金がないのは当たり前に思って、それを疑うことすらしません。

でも、救いはあります。
それは、それらの考えは後天的なものだということです。
生まれ持ったものであれば捨てることは難しいですが、後天的なものなので捨ててしまえばいいいだけです。

ただ、長年持ってきて親しみがある考えなので、捨てるのには勇気と時間と根気が必要でしょう。少しずつその考えを手放していきましょう。
P.S 何もしなくていいというのを疑似体験するには、難波秘密倶楽部がオススメです(笑)ここは、何もしてはイケナイんですけどね。

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