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お金が空気のようになる​

あなたにとってお金が空気のようになります。つまり、どこからともなく、どうやっていても必要な分入ってくるようになるということです。

お金はあなたのものではない

とっても簡単な原理です。あなたのお金が存在するなら、誰かのお金も存在します。では、あなたのお金が存在しなかったら、あなたのお金という概念が存在しなかったら、誰かのお金という概念も存在するでしょうか?そしてその時、お金は誰のものになるでしょうか?

「私のもの」という概念があなたを一喜一憂させる

お金が手に入る。つまり、お金があなたのものになると嬉しい。でも、お金が出ていく、お金があなたの元から去ると嫌な気分になる。

お金に限らず、あなたが何かを手に入れてあなたのものになると嬉しい。でも、あなたがまだ「私の元においておきたい。これを所有しておきたい。」と思うものを何かを失ってあなたの元から去ると嫌な気分になる。

そうではないですか?

手に入れたときのいい気分を求め、失ったときの嫌な気分を避ける。そのために四六時中あれこれ考えて、さらにはしたくもないことを繰り返ししていませんか?

よくある例が、したくもない仕事をしてお金を得て、1円でもお金を失わないようにあれこれ考えて、コスパを考えて欲しくもないものを買って、本当に欲しいものを我慢する。という例です。

もちろん、これが悪いというわけではありません。あなたがそうしたいのならそういう選択肢もあります。そのまま続けたいのなら続けることもできます。でも、手に入れる失うで一喜一憂する人生、そのためにしたくもないことを続ける人生、何にも執着せず解放感溢れる人生を選ぶこともできます。

解放感溢れる人生を選択するには、「私のもの」という概念、考えを手放します。「私のお金」という概念を手放します。と言っても、あなたが持っているお金をすべて誰かにあげてしまいましょうということではありません。もちろん、あなたがそうしたいのならそうしても構いません。

あなたが手放すのは、今あなたの手元にあるお金そのものではなく、「私の」という概念、考えです。お金を「私のお金」「私以外の人のお金」と捉えるのではなく「お金」として捉えることです。

あなたがお金を「私のお金」として捉えると「手に入れなければいけない」「失わないようにしなければいけない」と思うようになります。その結果、したくもないことをし続ける人生を送ることになります。

もしかしたらあなたは「でもお金は生きていくために必要なものだ。だから、手に入れようとすることも失わないようにすることも至極当然だ。」と思われるかもしれません。

本当はお金なんて必要ないものですが、それでもこの社会で生きていくために今はお金が必要だということは認めます。お金がなければできることがかなり限られてしまうということも認めます。そうならないために、必要なお金を得てくる必要があるし、何かあったときのために必要な額のお金を残しておく必要があると考えるのもわかります。

お金は生きていくのに必要だから、得てこなければいけない。失わないようにしなければいけない。そのためには、したくないことをするという多少の犠牲を払う必要がある。あなたはそう考えているかもしれません。

生きていくために必要なものは、どうやってでも手に入れなければいけない。その通りです。そうじゃなければ死んでしまいます。しかし、手に入れるために嫌なことをする必要は本当にあるのでしょうか?

お金以外にも、あなたが生きていくために必要なものは何がありますか?食べ物はそうかもしれませんね。でも、食べ物以上に必要不可欠物があります。というのも、食べ物は無くなってもしばらく死にませんし、最近では「ブレサリアン」という食べ物を食べずに生きている人もいるからです。

ということは、食べ物を食べないと死ぬというのもただの思い込みに過ぎないということですね。

水も必要かもしれませんね。しかし、これも食べ物と同様にすぐは死にませんし、水を飲まなくても死なない人もいます。

食べ物や水以上に必要な物。それは「空気」です。これがないと一瞬で死んでしまいます。水や食べものを採らなくても死なない人はいますが、宇宙空間で生きられる人はいません。

空気はあなたや私、人間が生きていくのになくてはならないものですね。では、あなたはその空気をどうやって手に入れてますか?生きるためにはどうやってでも手に入れなければならないものです。空気を手に入れるために、したくないことをするという多少の犠牲を払っていますか?嫌なことをする必要があるでしょうか?

嫌なことをする必要がないどころか、あなたが何もしなくても勝手に呼吸が起きて空気を吸ったり吐いたり、得たり失ったりしていますよね。そもそも空気を得たり失ったりと考えたり感じたりすることはないでしょうが。

お金よりも生きていくために重要なものなのに、お金よりも楽、というより何もすることなく供給されている。それでは、お金と空気の違いは一体なんでしょうか?

お金を空気と全く同じように扱う

ここで、「私のもの」という概念が重要になってきます。

あなたはお金に対しては「私のお金」「私以外の誰かのお金」と区別をしているでしょう。同じことを空気にもしているでしょうか?「ここからここにある空気は私のもので、この範囲を超えたら誰かの空気だ。」ということをしていますか?してませんよね。

では逆に、空気を誰かのものだと区別するようになり、自分に必要な空気は自分で集めてきて管理する必要があることになったらどうでしょう?あなたは空気を集めるためにやりたくもないことをやらなければいけなくなりますよね。あなたや世の中のほとんどの人がお金に対してやっていることと同じことをする必要が出てきます。

空気を誰かのものだと区別することはありません。空気は誰のものでもなく、空気です。どこからともなく、あなたが何もせずとも必要な分やってきて、必要なくなった分は何処かへ流れていく。これが空気とお金との大きな違いです。

では、お金も空気と同じように捉えてみたらどうなるでしょう?お金は誰のものでもなく、お金です。どこからともなく、あなたが何もせずとも必要な分やってきて、必要無くなった分は何処かへ流れていく。

だとしたら、あなたはお金を得るために嫌なことをする必要があるでしょうか?四六時中思考を巡らせて、たくさん集めようとする必要があるでしょうか?欲しいものや、やりたいことを我慢してまで、「あなたのお金」を守る必要があるでしょうか?

あなたがお金をもつ、あなたのものだと所有することを諦めれば、お金は空気と同じように振る舞います。つまり、あなたが何もしなくても必要な分だけ入ってきて、必要なくなった分は何処かへ流れていきます。空気と同じようにあなたが必要とする分だけ入ってくるようになるということです。

お金は働かなくても手に入れられるのか?

「そんなはずはない。空気と違って、お金は何かの対価として受け取るものだ。だから、何もしなくてもお金が流れてくるなんてことはあり得ない。」

あなたはそう考えるかもしれません。確かにその考えは正しいかもしれません。あなたにとっては正しいのでしょう。しかし、絶対に間違いなくそうだと言い切れますか?どんな場合でもお金を受け取るためには何らかの対価を支払う必要があるでしょうか?

例えば、あなたは子どもの頃にお年玉をもらったことがあるでしょう。それは、あなたがお年玉をくれた人に何らかの対価を提供して受け取ったんでしょうか?子供の頃に限ったことではありません。思わぬ臨時収入など、あなたが何の対価も提供していないのにお金を受け取ったことはあるはずです。

だとしたら、「お金を受け取るには何かの対価を提供しなければいけない」というのは、間違いなくそうだと言い切ることはできるでしょうか?あなたが「そうだ!」と信じているからそうなっているだけではないでしょうか?あなたが子どもの頃から親などの大人に「お金を手に入れるのは大変だ。お金を得るためには一生懸命働かなくてはいけない。」と言われて、それを信じたからそうなっているだけではないでしょうか?

「そんなことはない!世の中の人はお金を得るために働いている。だから、お金を得るために対価が必要な世の中だから、お金を手に入れるためには対価が必要だと考えているんだ。」と思われるかもしれません。

じゃあ、ちょっと考えてみてください。小さい子供にずっと「生きていくためには空気を吸う必要があるんだよ。空気は勝手に入ってこないから、自分で意識して呼吸をしなければいけない。たくさん吸えばたくさん空気が入ってきて幸せになれるよ。」と教え続けたとしましょう。その子どもはどんな行動を取るでしょうか?

「空気を吸わなきゃ、空気を吸わなきゃ、、、」「たくさん空気を吸えば幸せになれるんだ。」そう思って、ずっと呼吸のことばかり考えるようになるでしょう。でも、事実はどうですか?空気を吸おうとしなくても、身体が勝手に呼吸して必要な空気を取り入れ、不要な空気を吐き出していますよね。

事実ありきで考えや行動が生まれるんでしょうか?それとも考えが事実になって行動が生まれるんでしょうか?

前者であれば、事実が変わらない限り考えも行動も変えられません。また、その事実に基づく考えや行動は100人いたら100人とも同じになります。例えば、「お金は対価を提供しなければ得られない。」ということが事実であれば、100人が100人ともお金を得るために働いているでしょう。でも、そうなっていますか?

後者であれば、考えが変わればその人にとっての事実も変わり、それに伴って行動も変わります。考えは人それぞれなので、ある出来事の捉え方も人それぞれになり、それに伴う行動も人それぞれになります。「お金を得るためには対価を提供する必要がある。」と考える人はお金を得るために働いたりするでしょうし、「お金は何もしなくても必要なだけ入ってくる。」と考える人は、お金を得るために働いたりしないでしょう。

どちらが良くて、どちらが悪いということではありません。あなたが望むのはどちらでしょう?前者であれば、事実を変えない限りあなたの考えや行動に変化は現れません。ということは、事実を変えない限り何も変えることができないということです。

後者であれば、事実はどうであれ、それに対するあなたの考えを変えることでそれに伴う行動が変わります。

どちらの方が簡単そうでしょうか?あなたはどちらを望みますか?

あなたがお金に対する考えを変え、お金に対する行動や経験を変えたいと思われるなら、お金を空気と同じように捉えてみてください。
「誰のものでもない」
「何もしなくても必要な分だけ流れてきて、必要ない分は何処かへ流れていく。」

あなたは「明日空気を吸えるだろうか、、、」「もしかしたら、5年後には十分な量の空気を得られないかもしれない。だから蓄えておかないといけない。」と心配することはありますか?ありませんよね。お金に対しても同じことが言えるようになったら、とても安心すると思いませんか?

「私」「私のもの」という錯覚

まずは、お金に対して「私のもの」という錯覚を解いていきましょう。実際、お金はあなたのものではありません。また、誰のものでもありません。

幾らかのお金が「あなたのもの」になると、それ以外は「誰かのもの」になります。例えば、あなたが今100万円持っているとします。その場合、100万円はあなたのもので、世の中にあるお金それ以外のお金は他の誰かのものになります。

あなたがお金を「私のもの」と区別しなくなると、お金はただのお金になります。誰のものでもありません。誰のものでもなくなれば、すべてがあなたのもの、あなた自身になります。

「私」という錯覚を解く

あなたがお金のことを「私のお金」と区別するのをやめると、お金は誰のものでもなくなります。誰のものでもなくなると、すべてがあなたのものになります。あなたのものというか、すべてがあなたになります。どういうことでしょうか?

「私のもの」「あなたのもの」という錯覚を解消するために、「私」と「あなた」という錯覚を解消すれば、それに伴って「私のもの」「あなたものも」という錯覚も解消されます。

それでは、「私」と「あなた」という錯覚を解消しましょう。

これはとても簡単です。あなたがあなたのことを「私」と区別するのをやめれば、それまで「私以外」の人を指すために使っていた「あなた」も存在できなくなります。「私」も「あなた」も存在しなくなれば、そこにあるのは”何か”です。何も定義することができません。何の定義も名前も判断もない「存在」があります。

すべてがあなたではありません。しかし、その存在をあなたとするなら、すべてがあなたになります。

わかりづらいかもしれないので、具体例を挙げましょう。下の写真を見てください。この写真に写っているものは、「ひまわり」「太陽」「雲」「空」ですね。では次に、それらの名前を取っ払って写真を見てください。そうすると、そこにあるのは「写真」ですね。「写真」も名前であり定義なので、それも取っ払ってみてください。するとどうでしょう。そこにあるのは”何か”です。そして、それまで「写真」と呼ばれていたものとあなたを区切るものがなくなりました。そこにあるのはなんでもありません。そして、あなたが存在するとすれば、それはあなたです。

あなたが、あなたのことを体をもって世界に生まれた一人の人間だと区別すると、あなたはそうなります。あなたは一人の人間であり、あなた以外のものに囲まれて生きるようになります。

しかし、あなたがあなたのことを何ら定義しなければ、「これが私だ」と定義しなければ、誰も何もあなたでなくなれば、すべてがあなたになります。

これは、一度わかってしまえばもう「そんな簡単なことだったのか。」という認識になります。でも、気づくまでに時間がかかるかもしれません。それまで何十年も「これが私だ。」「私は体を持って世界に生まれた○○だ。」という考えを信じ込んできたからです。その考えが手放されるのには時間がかかるかもしれません。何度も繰り返し読み返してみることをお勧めします。

 

 

あなたはすべてを手に入れる、そしてすべてを失う

「私」「あなた」という概念がなくなり、あなたが何者でもなくなれば、すべてがあなたになります。

「私」も「誰か」もいないのですべてのものが誰のものでもなくなります。空気と同じですね。お金だけじゃなく、すべての必要なものが必要なときにあなたにやってきて、必要なくなったものは何処かへいくでしょう。

あなたは何も持たないので、執着することもありません。何かを渇望したり、何かを失うことを恐れたりすることもなくなります。

やってきたものが必要なものだということがわかり、去ったものは必要なかったものだとわかるからです。

起こったことが必要だったことだということがわかり、起こらなかったことは必要なかったことだとわかるからです。

できたことが必要だったということがわかり、できなかったことは必要なかったことだとわかるからです。

何かが欲しいのなら買いましょう。それを買うために支払う必要のあるお金は、あなたにはもう必要のないお金だということです。空気を吐くのと同じです。

支払うべきお金があるなら支払いましょう。もともとあなたものではありません。あなたのところに留まっていた空気があなたのもとを離れるのと同じです。さっと流してしまいましょう。そして、どこからかあなたに必要なお金が必要な分だけやってきます。

貯金は必要ありません。あなたは息を吸い続けることはできますか?息を止め続けることはできますか?息を思いっきり吸って息を止め続けてみたら、次に起こることはなんでしょうか?息を吐き出すことですよね。貯め続けたとしても、いずれ出すときがやってきます。貯めようとしなくても必要な分だけやってきます。

逆に、息を吐き続けるとどうなりますか?フーッと息を吐き続けた後に起こることはなんでしょう?息を吸うことですよね。それと同じで、使い続けて無くなったとしたら、そうなれば次は入ってくるだけです。どこからか、何らかの方法であなたに必要な分だけやってきます。空気と同じように。自然は真空を嫌います。

借金を返す必要はありません。もちろん、返せるなら返してください。しかし、返せなくなったとしても構いません。もともとお金は誰のものでもありません。あなたがお金を借りることで生み出されたものです。

あなたが借りたお金はあなたがお金を借りるタイミングで銀行が「信用創造」によって生み出したお金です。

あなたがどこかの銀行から住宅ローンとして3,000万円借りるとします。このとき、銀行の手持ちのお金を3,000万円借りたのではなく、銀行はあなたの通帳に3,000万円という数字を記帳するだけです。何もないところから3,000万円増えています。つまり、銀行はお金を生み出す機能を持っていて、その機能を使ってお金を貸したように見せかけてお金を生み出し、利息+元金を収入としています。

それなのに「貸したから返せ」と言ってくるので詐欺のような印象を受けますが、もともと銀行自体が詐欺から始まった商売なので仕方ありません。それに、この「信用創造」の機能がなければ、銀行の手持ちのお金を借りるようになるので、私たちは簡単にお金を借りることができなくなってしまいます。

ということで、あなたが借りた(と思っている)お金は実は銀行のものでもなく、誰のものでもありません。あなたが返せなくなったところで銀行は損をすることもありません。ただ、銀行が予定していたお金が入ってこなくなるだけです。

だから、借金を返せなくなったとしても気にすることはありません。

 

あなたの財布にあるお金、銀行に入っているお金はあなたのものではありません。今この瞬間、あなたのところにやってきているだけです。空気が流れてきているのと同じように。

あなたが誰かにお金を渡すとき、あなたのお金が誰かのお金になるのではありません。あなたがお金を失って、誰かがお金を得るのではありません。ただ、お金というものが移動した。それだけです。空気が流れているのと同じように。

あなたが誰かにお金をもらうとき、誰かのお金があなたのものになるのではありません。誰かがお金を失って、あなたがお金を得るのではありません。ただ、お金というものが移動した、それだけです。空気が流れているのと同じように。

預金残高を気にする必要はありません。それは、あなたが呼吸をするたびに、「今自分の体にどれくらいの量の空気が留まっているんだろう?」と気にするようなのです。そんなことをしますか?

お金の出入りは体に空気が出たり入ったりするスパンと比べると、非常に長いです。そのため、思ったよりも預金残高が少ないとあれこれ考えてしまうと思います。その気持ちはよくわかります。

もちろん、あなたが預金残高のことや支払いをどうするかを考えることが楽しくて、それをしたいのであればやってください。しかし、それを考える必要はありません。

預金残高が増えているときは「今は空気を吸っているときなんだな。」と認識します。「預金残高が減っているときは「今は空気を吐いてるんだな。」と認識します。それだけです。

徹底的にお金を空気と同じように扱ってください。

あなたが持っている僅かなものを手放せば、あなたはすべてを手に入れます。手に入れるというよりも、もともと全部あなたであり、今もそうです。すべての中の極々一部をあなただと錯覚していただけに過ぎません。

あなたに必要なものがやってきます。あなたにとって必要じゃないものはやってきません。

欲しいと思うものがあったら買ってください。それがあなたにとって必要だったものです。やりたいと思うことがあったらやってください。それがあなたがする必要があったことです。

欲しいと思ったけどやっぱりやめたというものがあったとしたら、それは手に入れる必要のなかったものです。やりたいと思ったけどやっぱりやめたということがあったら、それはする必要のなかったことです。

お金を使うことを怖いと感じるかもしれません。その気持ちを受け入れてください。それを楽しんでください。その気持ちを感じることも正解です。

何かを得られないこと、失うことを怖いと感じるかもしれません。しかし、得たり失ったりするためには何が必要でしょうか?「私の」という概念が必要になります。

あなたが得る前からそれはあなたのものであり、あなたです。あなたはすでに全部持っているので、何かを得ることはできません。あなたが失う前からそれはあなたのものではありませんし、誰のものでもありません。あなたは何も持っていないので、あなたは何かを失うことはできません。

すべてがあなたであり、すべてがあなたではありません。すべてがあなたのものであり、すべてがあなたのものではありません。どちらも正解です。

あなたの選択は全部正解です。お金を使うも使わないも、どちらを選んでも正解です。あなたは自由です。

あとがき

繰り返し読みやすくするために、文字数をあえて少なくしています。是非、繰り返し何度も読んでみてください。

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