3.あらゆるものは無料だと考えてみる

値段とは、売り手がなんやかんや考えてつけるものであり、他人基準の考えだ。しかし、誰かが値段というレッテルを貼らない限り、この世に存在するものに値段はついていない。値段がついていないということは無料だ。

あなたが買うものも利用するものも無料だ。あなたが誰かに提供するものもサービスも無料だ。無料のものに対してお金を払う。つまり、あなたが何かを受け取るときはくれた人に対してチップを払っている。逆にあなたが何かを提供した時にはチップを受け取っていると考えてみる。

あなたがチップを渡すということは、喜びのバトンを渡すのと同じだ。あなたから受け取ったチップをまた誰かに渡す。それが永延と続いていく。そうしてまたあなたのところに戻ってくる。

あなたがチップを受け取るということは、あなた自身も喜び、また誰かを喜ばせることができるということだ。あなたが欲しいものを買う、やりたいことをやる。そうして喜びや楽しさを感じる。すると、それを作った人、売った人、提供した人も嬉しい。そして、提供した人はまたあなたから受け取ったチップを使って喜びを感じる。

あなたはあなたが作ったものや提供したサービスで人が喜んでいるのを見ると嬉しいだろう。私も嬉しい。お金を渡す人も受け取った価値を感じて嬉しいし、お金を受け取る人も提供したサービスでその人が喜んでくれて嬉しい。

お金を渡すとき、自分も相手も喜ばせる言葉できる。そんなに素晴らしいことがあるだろうか?お金を使うとき、喜んで渡そう。お金を受け取る時、喜んで受け取ろう。

もしかしたらあなたは、「すべて無料だとしても、結局はチップを渡さなければ手に入らないのではないか?それならば無料と言えるのだろうか?」と思ったかもしれない。そう考えてしまう気持ちはわかる。しかし、そう思うということは、それほどまでにあなたが「お金が必要」な世界を作って経験しているということだ。

冒頭に書いた「お金があればなんでもできる。買える」という考えを強烈に信じているということだ。「お金があればなんでもできる。買える。」という考えを信じていたらその通りになる。ということは、「お金がなければ何もできない。」という経験も同時にするといいうことだ。

お金は本来必要なものではない。例えば、あなたが欲しい服があるとする。あなたは服の値段が3万円なら3万円を手に入れる手段を色々考えるだろう。しかし、本当に欲しいのは服だ。ということは、3万円が手に入らなくても欲しい服が手に入ればそれでいいのではないだろうか?あなたが買わなくても、誰かからプレゼントされてもいい。懸賞で当たってもいいし、ないはずのタンスから出てきてもいい。手に入る手段はどうでもいいはずだ。

そして、本当に欲しいものは服ではない。服を着た時に得られる気分を味わいたいのだ。その気分は、実は服を手に入れなくても味わうことができる。本当に欲しいものはすぐ手に入る。本当に欲しいものをすぐ手に入れたら、もう欲しがっていた服は必要ないと思うだろう。服は必要ないと思えば、服が必要ない状況になる。服が必要ない状況とは、一体どういう状況だろう。考えてみて欲しい。

お金は必要ない。しかし、お金という媒体があるおかげで渡す喜び、受け取る喜びを味わい、それをバトンのように回すことができる。お金とは本当に素晴らしいものだ。

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