あなたが自由になると他人も自由にする

あなたが自由になると他人も自由にする

「厄払いに行きたい!」
前厄を迎えた奥さんが急に言いだしました。
先月から急に体調を崩すことが多くなり、救急車で運ばれるようなこともありました。それまでずっと調子よく来ていたので、「これはきっと厄年のせいだ!」と言っていました。

そこで、徳島県でも大きな神社である大麻比古神社というところへ厄払いへ行くことへなりました。私は興味がないので、奥さんが厄払いを受けている間、子供と3人で祈祷の待合室というところで待つことにしました。

その待合室は結構広く、30畳くらいのスペースにソファーとテーブルがたくさん置いてあるスペースです。10家族くらいは余裕で入れるくらいです。

祈祷は30分間隔で行われるらしく、奥さんの番になったらそれまで待合室で待っていた人の大半は祈祷されにいきました。
残ったのは私と子供、それから2家族くらいが残っていました。

うちの子供は7歳と5歳です。じっと座って待っているなんてことができるはずがありません。あまり人がいないのをいいことに、待合室の中を走り回ります。私が座っている周りでもきゃっきゃ言いながら遊んでいます。

危なそうなことだけ声はかけましたが、それ以外は何もいうことなく見守っていました。世間一般の常識的な目で見ると「迷惑で非常識」だと思われたでしょう。

私の隣のソファに4歳くらいの男の子とお父さんが座っています。そのお父さんは「何々くん、じっと座っててね。」と言って子供を大人しくさせようとしていました。

ただ、隣であまりにも自由奔放にしているうちの子を見て(私も子供と一緒になってキャッキャ言いながら遊んでいました)、その子も我慢できなくなったのかウロウロし始めました。はじめはお父さんも「何々くん、ダメ。」と言っていましたが、そのうち言わなくなりました。

お父さんの頭の中をのぞいたわけじゃないのでわかりませんが「隣の子供も漆し、まぁええか。」と思ったんじゃないかと思います。

これが、私が子供を「おい、じっとしておけよ!」と言って怒ってじっとさせていたら、私の子どももフラストレーションが溜まりますし、隣の子供もフラストレーションが溜まりますし、怒る私も怒りたくないのに怒ることになりますし、隣のお父さんも怒りたくて怒ってるんじゃないでしょうから、嫌なことを我慢するハメになります。

一体誰が得するんでしょう?

もしかしたらあなたは「いやいや、そんなにうるさくしたら他の人に迷惑がかかる。」と思われるかもしれません。でも、私も私の子供も、隣の子供も誰かに何か言われたわけではありません。「静かにしてもらえる?」とでも言われたなら、「あぁ、うるさかったんだな。」と思えますが、そんなことは言われていません。

だとしたら、「他の人に迷惑がかかっているかも。」というのは、自分の頭の中だけで起こっているストーリーではないでしょうか?

こっちを見ている人はいましたが、こっちを見ている人がいた。それだけが事実です。「こっちを見ている人がいる。きっとうるさい、迷惑だと思っているに違いない。」というのは思考が作り出すストーリーです。こっちを見ている人に話しかけたら「元気そうでいいですね。」と言われるかもしれませんよね。「子供は元気でいいなぁ。」と思いながら見ているかもしれませんね。

それに、「大きな音を立てると迷惑だ」という考えを持っているから、自分や子供が大きな音を立てた時に、他人に迷惑をかける、かけているかもしれないという考えが浮かんできます。そういう不必要な考えを手放すチャンスでもあります。

「迷惑をかけるかもしれない」そんなストーリーを信じて、あなたは自分の自由をどれだけ制限していますか?
あなたが自分の自由を制限すると、他人の自由が許せなくなります。「私だってやりたいことを我慢しているのに…!」と思わないでしょうか?

逆に、あなたが自由であれば、他人が自由にしていても気になりません。

あなたが自由に、わがままに生きても誰にも迷惑がかからないとしたら、あなたは一体何のためにあなた自身を制限しているのでしょうか?
あなたが自由を選ぶことで他人も自由になれるなら、あなたが自由を選ばない理由はありますか?
P.S 前戯の最中、声が聞こえないと「あれ、気持ち良くないのかも・・・」というのもストーリーだと気づいてから気が楽になりました(笑)

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