【子育てについて4】あなたに望まない決定をさせているのは誰か?

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「あなたの決定=結果」ということと「決めたらすぐそうなる」ということを説明してきました。なので、「こうだ!」と決めたら、あとは気楽にそれが現れるプロセスを楽しんでおけばいいんですね。

そうそう、プロセスがあるからこそ楽しめるわけですよ。
マリオの例でも、「ブロックの上に行こう」と意図してボタンを押したらすぐさま「パッパッ」とマリオがブロックの上に瞬間移動したら、きっと面白くないと思うんですよね。「ジャンプする」という動作があるからこそ、上手くいくかどうかのハラハラ感や、自分でコントロールしているという感覚を楽しめるようになります。

もっと大きな視点で見てみると、マリオを始めるときに持つ意図としては「ピーチ姫を救う」こと「ゲームをクリアすること」ですね。じゃあ、スタートボタンを押してすぐピーチ姫を助けた画面に切り替わったら、、、何にも面白くないですし、そんなのはゲームとは言いませんね。ピーチ姫を助けてゲームをクリアするまでのプロセスを楽しんでいるわけです。

ということで、タイムラグがなければ人生も面白くなくなってしまいます。タイムラグを楽しんでください。ハッピーエンドになると結末がわかってる映画を観る感じですかね。「どうせハッピーエンドになるんだろ?」とわかっていたら、主人公がどんなピンチになっても安心して観ていられるじゃないですか。そんな感じです。

ちょっと話が逸れましたので、本題に移ります。
「こうだ!」と決めたのにそうならない、全く違うようになるのは二つの原因が考えられます。一つは、タイムラグ消化中だということです。この場合は、「お!こういう展開が来たか!ここからどうどんでん返しが起きるか楽しみだな〜!」というメンタルでいてください。もう一つは、知らないうちにあなたが望まない決定をさせられている場合です。この場合は、あなたが望んでいないことを決定して、もうそれが実現している状態です。

なぜ、あなたが望まない決定をしてしまうのでしょう?しかも、これは知らないうちに行われています。どういうことか説明しましょう。

あなたが「こうだ!」と決定するとき、あなたは思考を働かせて望む状態を言葉で思い浮かべて「こうだ!」と決定しますね。例えば「幸せな子供を持つ幸せな私」という決定をするなら、頭の中で「幸せな子供を持つ幸せな私」という声を出してそして聞いて決定します。ここまでは問題ありません。

しかし、あなたの頭の中に聞こえる声は、あなたが自発的に出す声以外にもたくさんあります。あなたの頭の中には絶えず声が聞こえているでしょう?それらのことです。そして、それらの声を自分の声だと勘違いしてしまうので、それらの声全てにパワーを与えてしまってるのです。つまり、望まない声にも「こうだ!」という決定を与えてしまっているということです。

他人の声とは、他人の考えで「〜したら〜になる」とか「これはいい」「これはよくない」とか「これはこういうものだ」というものです。

例えば、あなたの子供が何か失敗したとしましょう。その出来事を見てあなたの頭の中に「あ〜、こんなことも失敗するうちの子は出来が悪い子だわ。」という声が聞こえたとしましょう。実際はあなたの声ではなく、あなたが今まで聞いた誰かの考えがあなたの中で反芻しているだけなのですが、それにあなたは気づきません。そして「うちの子は出来が悪い。」という決定をしてしまうのです。出来が悪いという決定をしてしまった以上、そrを撤回しない限りは何をどうやっても出来が悪い子になりますし、そうとしか見えません。

これが、あなたが望まない決定をしてしまうカラクリです。あなたに望まない決定をさせているのは、「他人の考え」です。あなたがいつかどこかで聞いた誰かの声を「そうだ。」と真に受けたものです。それ以降、その考えをあなたは「私の考え」としてとても大事にしています。あなたの考えだと信じて疑わないので、知らずのうちに望まない考えに対して「そうだ!」という決定をしてしまい、望まないこと状況になっているということです。

あなたの外側で起きた出来事も、あなたの内面で起きた出来事(何かの思考や感情や感覚)に反応してやってくる思考が他人の考えです。
例えば、あなたが自発的に「私の子供は幸せだ」と決定したとします。その決定の後すぐさま「いやでも、まだ〜になってないから」とか「そんな決定しただけで何も変わらないだろう」とか「子供を幸せにするためにやるべきことがたくさんあるだろう?それを放棄するのか?」とか「親としてやるべきことをやらないなんて、とんでもない親だ!」などという声がたくさん聞こえるでしょう。

全部、あなたの内面の出来事「私の子供は幸せだ」という声に反応してやってきた他人の考えです。

自分の考えと他人の考えを区別することができましたか?きちんと区別できるようになれば、他人の考えに対して「そうだ!」と決定することもなくなっていきます。

他人の声への対処方法ですが、他人の声だなと気づいたら「これは他人の声だな。」と認識しましょう。それで終わりです。その声にパワーを与えなければいいだけです。私は他人の声が聞こえたなと思ったら「あ〜、誰かなんか言ってるな。はいはい。OKOK」と思ってやり過ごします。そのあとは、自分の決定を確認しますね。「幸せな子供を持つ幸せな私」とか「それでも、私の子供は幸せだから大丈夫だよ。」みたいにです。

感情もあなたの声ではありません、

あなたの決定に影響を与えるのは、頭の中の声だけではありません。胸のあたりに湧き上がる感情もそうです。「不安」「恐れ」などと名前がつく感情を抱く時、あなたの決定に影響を与えます。

例えば、あなたが欲しい服を見つけたとします。「あ、これいいな〜。欲しいな〜。」と思って手に取っています。しかし、結構な金額であることを知りました。その時あなたは「うわ、高いな!」という誰かの声を聞くでしょう。そして、「買ったら預金残高がどうなるか」とか、「今月クレジットカードいくら使ったっけ?」という思考のマジカルバナナが始まります。それでも、あなたは「欲しいから買おう!」と一旦決めます。ここで感情の登場です。「そんな高額なものを買ってはいけない。」と言わんばかりに、不安や怖れの感情を湧き上がらせます。その感情に気づいたあなたは、「なんだか怖いし嫌な感じがするからやっぱりやめておこう。」と、一旦決めた決定を取り下げます。

こんな感じで、湧き上がる感情はあなたの決定に影響を与えます。しかし、感情があなたの声ではなく他人の声だというのはどういうことでしょうか?

感情が動くのは、あなたの内面もしくは外面で何かの出来事があった時です。そして、その出来事に対して何らかの考えを持っているときに感情が動きます。何らかの考えは「いい」「悪い」の判断です。上の例で説明すると、「その服は高い」という判断がまずあり、「高い服(物)を買うのはよくない」という考えがあります。その考えがあるにも関わらず、「買おう」という決定を下したとします。すると、その決定は「高い服を買うのは良くない」という考えに反したものとなります。そうなると、「不安」や「怖れ」の感情を湧き上がらせて、「高い服を買うのは良くない」という考えの通りに動くようにします。

では、「高い服(物)を買うのは良くない」というのは、誰の声、考えなんでしょうか?もし、あなたが生まれてから誰からも何からも話しかけられることがなければ、誰とも触れ合うことがなく、何も教えられることがなければ、「高い服(物)を買うのは良くない」という考えを持つことができたでしょうか?

できませんよね。ということは、それはあなたがいつかどこかで誰かから聞いた考えだということになります。しかし、「この服いいな、欲しいな」と感じた”気持ち”は誰かから教わったものでも指示されたものでもありませんよね。ということは、その”気持ち”はあなただけのものです。

あなたの気持ちに正直に生きれば、それはあなたの人生です。しかし、他人の声に従うならば、それは他人の人生です。さて、あなたは一体誰の人生を生きているのでしょうか?

不安や恐れと名前がつく感情は、頭の中よりも強力な他人の声、考えだと捉えるようにするといいでしょう。そういう気持ちが出てきた時も思考への対処と同じように「あ〜、誰かが何か言ってるな〜。OKOK。それでも私はこうするから」とあなたがとりたい行動や決定をするといいです。また、「あ〜、そういうことしたらダメだって言ってる人がいるんだね。それでも私は幸せだから大丈夫だよ。」って意図を再確認するといいです。

罪悪感も他人の声

私たちを悩ませる声として、一番強力なのは「罪悪感」です。「こんなことを言ったりしてはいけない」という他人の考えに反する言動を取るとき、取ろうとするとき、必ず罪悪感が湧き上がってきます。

「こんなことをするのはいけない」「悪いことだ」「悪い人間だ」「悪いことをする奴は幸せになれない」などという言葉や、気持ちとともに罪悪感を感じることとなり、あなたの“気持ち”に従った行動をとれなくなってしまいます。

しかし、罪悪感も他人の声に違いありません。「あ〜、これを悪いと考えている人がいるんだな〜。」とスルーして、あなたがやりたいようにやってください。
また「悪いことをしても罪を犯しても私は幸せ」という意図、決定を持ち続けることです。

あなたの行動を誰かにとやかく言われたら

あなたがやっている子育てや、子どもに対する言動に対して誰かからとやかく言われることがあるかもしれません。「それはどうかと思うよ、、、」とか「そんなことしてたら〜になるよ」などという反応です。

あなたがやりたいと思って、こうだと思ってやっていることに対して何か言われても、それこそ「あ〜、誰かが何か言ってるな〜。」と無視するといいです。もちろん、何でもかんでも無視するのではなく、助言に対して「あ、そのやり方はいいかもしれない。」と感じるならそれに従うといいと思います。

肝心なのは「〜したら〜になる」という考えを採用しないことです。あなたの言動によって結果が変わってしまう前提を採用している限り、あなたは結果を気にした行動を取る羽目になってしまいます。

何かしたらからよくなる、悪くなるというのは関係ありません。あなたの決定が全てです。ということは、あなたが「〜したら〜になる」という決定をすれば、その通りになります。例えば、「褒めればいい子になる」という決定をしたとします。すると、褒めればいい子になってくれるでしょう。でも、常に何か褒めるところを探して気を張っていないといけなくなるかもしれませんし、本音では「大したことないな」と思っていても、本音を捻じ曲げて無理やり褒めてみたりと疲れるようになるでしょう。本音が言えない、やりたいようにやれないというのはしんどいものです。「〜したら〜になる」という考えを採用することは、結果のために言動に注意しなければならなくなり、あなたは自由ではなくなります。

何度も出てきますが、それよりも「あなたの決定=結果」ならどんな時も「私の子供は幸せ」とか「幸せな子供を持つ幸せな私」という決定をし続ける方が、あなたも気楽に子どもに接することができるようになるでしょう。

ネガティブな思考や感情があっても構わない

現実的対処を教える人や本でも、引き寄せの法則をはじめとするスピリチュアルなことを教える人や本でも、「ネガティブな思考や感情があるとネガティブなことが起こる」とよく言われています。

しかし、これでは「〜したら〜になる」という恐れを基にした言動になってしまいます。誰しもネガティブな経験をしたいとは思いませんよね?そのため、ネガティブな思考や感情を「よくないもの」と判断し、避けるようになります。

本当は腹が立ってイライラして怒りたいような時、不安で不安でたまらない時、落ち込みたい時があったとしても「そんなことを考えたり感じてちゃダメだ」と、自分の本音を捻じ曲げることになってしまいます。

「〜したら〜になる」という考えを採用している限り、あなたは結果を気にした行動を取ることになり、自由ではありません。

「あなたの決定=結果」です。そのため、あなたが「幸せな子供を持つ幸せな私」と決定すれば、ネガティブな思考や感情があっても、怒ってても泣いてても落ち込んでいても、あなたが幸せだと感じる世界が展開して行くのは決まっています。

怒りたい時は遠慮なく怒り、不安な時は不安になってもOK。落ち込みたい時は好きなだけ落ち込んでください。怒ってても不安でも落ち込んでいても、私は幸せであって構わないという態度をとり続けてください。

さて、続いては日常編です。日常生活上でこんな時はどうしたらいいのか?ということをお伝えしていきます。まぁ、原理原則はこれまで散々伝えてきましたから、とてもシンプルなものになると思いますが。

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