【子育てについて15】子どもを幸せにしたいなら、あなたが邪魔をしないのが一番

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子どもを幸せにしたいですよね。このくだりはもう、何度も出てきていますが、このくだりで文章を書くと入りやすいんですよ(笑)
さて、幸せにしたいあなたがやっている行為のほとんどが子どもを不幸にしているとしたらどうでしょうか?自己嫌悪になって死にたくなるかもしれませんね。いや、死ななてもいいんですよ。というより、誰も死にませんしね。そもそも生きてもいないというか、、、

その話は置いといて、本題に入っていきます。
結論から言います。子どもを幸せにしたいなら、あなたが邪魔をしないのが一番です。なぜなら、子供はすでに幸せだからです。どういうことでしょう?
それを説明するのは、本当に幸せが何かから説明する必要があります。あなたもそうだと思いますが、世間一般的に幸せとはなんらかの条件を達成した状態と定義されていると思います。その条件は人それぞれです。お金持ちになること、事業で成功すること、家族を持つこと、100人斬りすることとか、いろいろですね。

幸せになるためには、なんらかの条件をクリアする必要があると思っているあなたは、子どもに対してこう言います。「〜したら幸せになれるよ」「幸せになるためには〜する必要があるよ。」「幸せとは〜だよ。」という言葉を子どもに伝えます。これが呪いの始まりです。

「〜したら幸せになれる」と聞いた子供はどう思うでしょうか?子供じゃなくても、今のあなたが聞いてもどう思いますか?きっと「あ、今幸せという状態ではないのか」と思うはずです。そして、その幸せを掴むために「〜したら」の条件を満たす長い長い旅が始まるのです。

ところがどっこい、子供は最初から幸せだったのです。しかし、それが幸せかどうかはわかっていません。なんせ、その状態しか知らないのでそれが何かを知るすべがないんですね。

こんな感じです。生まれた時からずっと水の中にいる魚に対して「水って知ってる?」と聞いたとしましょう。でも魚は「は?んなもん知らね〜!」と言うでしょう。その返答にイラついたあなたは、その場でその魚を鷲掴みにし、外へ放り出します。水を失った魚はビッチビチ跳ねるでしょう。苦しくてたまらないはずです。その様子を見てかわいそうだと思ったあなたは、跳ねる魚をそっと掴んで水の中に返してあげました。水の中に戻った魚は、水が何か知り、それがどんなものかを初めて知ることができます。

子どももそれと同じなのです。産まれてからずっと幸せに浸っているのです。でも、「それは違うよ。」と言われるもんだから、そこから出て幸せ探しを始めるのです。しかし、全然見つかりません。なぜなら、元いたところが幸せで、今探しているところはそれ以外のところなのです。家の鍵を会社で無くしたのに、車の中で探しているようなものです。

さて、何が本当の幸せなのでしょう?それは、何も考えないことです。そして、何もしないことです。
あなたもたくさん経験があると思いますが、何かを考えているときは心穏やかじゃないでしょう。幸せや安らぎを感じてはいないはずです。しかし、何も考えずにぼーっとしているとき、不思議な幸福感を感じることがあると思います。それが、あなたが元々持っている幸せです。

何も考えていないとき、「世界=あなた」の状態です。あらゆるものと一体です。何も考えていないときは、あなたと対象を作ることがないからです。何も考えずにただ在る時、どれにもレッテルを貼っていない時、全てがあなたです。
しかし、考えが始まるとそれを、あなたと何かに分けます。例えば、あなたとスマホ、あなたとパソコンという具合です。それが、世界との分離感や不足感を生み出します。それから、考えは問題を探すのが仕事です。絶えず問題を探しては、あれをこうしないと、ああしないと、ああなったらどうしよう、こうなったらどうしようと動き続けています。
そうしないと、考えは存在できないからです。そして、考え自身が分離感や不足感を生み出す原因になっているのに、それを解消するためにあれこれ考えています。考え自身がいなくなれば、すぐさま分離感や不足感はなくなるというのに、、、

では、考えが始まるきっかけはなんでしょう?それは、子どもに名前をつけることと、「私がママよ」という言葉からです。それで、「あなたと私」という関係性ができてしまいます。分離の始まりですね。産まれてからしばらくは、子供は鏡を見てもそれが誰だか認識できないようです。もちろん、それが自分だという認識はありません。なんせ「世界=自分」ですから、全てが自分という認識です。正しくは「世界=自分の表現」ですが。

子どもはある程度の年齢までは、自分の身体のことを「僕」「私」とは言いませんね。名前で呼んでいるはずです。私の息子は今8歳ですが、「僕」とは言わず「○○くんな〜、××したんよ〜。」という言葉遣いをしています。これはまだ、体や思考や感情が自分で、それ以外は別のものという認識に完全にはなっていない証拠です。もしそうなったら、「僕」「私」という言葉遣いに変わります。

社会で生きていくために、名前をつけないとか、「これがママよ」と伝えずに育てるのは不可能でしょう。しかし、ある程度の歳までは「世界=自分」という感覚を持っているので、名前がついた体、思考、感覚を「自分だ」と思わせないようにしてればいいと思います。「お前が〜」とか「あなたが〜」とか「自分が〜」という言葉かけを続けると、それが自分自身なんだと錯覚し出します。なので、「○○は、そうしたんだね。考えるんだね。」と言ってあげるといいでしょう。そして、それが本当の自分じゃないことを伝えてあげるといいです。

何もしないとは、何かしようとしないということです。最たるものは、幸せになろうとしないことですね。幸せになるためには、一度幸せじゃない状態になってから、また幸せになり直す必要があります。意味不明ですし、そんなことしたくありませんよね。

なので、はじめから幸せな子どもには、何も言わず「そのままでいい。」とだけ伝えればいいです。あとは、子供は自分にとって何が必要で何をやりたいのかわかっていますから、子供のタイミングで何かやり始めたり、何もしなくても何か起こってきたりするでしょう。

もちろん、子どもにされて嫌なことや、やめてほしいことはあるでしょう。それはそれでやめてほしいと言えばいいです。ただし、行為を注意しても存在自体を否定するようなことは避けたほうがいいです。

子供を幸せにする必要はなかったんです。はじめから幸せだったんですから。これで、あなたは重い肩の荷を降ろして、あなたはあなたの幸せを感じてください。

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